小妖精の野望

 死霊の森の中、魔女の家の裏庭。


 小さな妖精は庭の隅の小さな空き地にたどり着くと、手をかざし、魔力を流し込む。淡い光と共に、魔方陣が浮かび上がった。


 四方を高い石柱が取り囲む、小さな空き地。

 そこに隠されていたのは、複雑な文様を描き込んだ円形の図。

 魔女が残した召喚用の魔方陣だ。


(私の力では異世界召喚まではできませんが、同じ世界の住人なら―――)


 魔方陣には、条件に合った者をこの場に呼び出す魔法が込められていた。


(魔力も十分に残っています。これなら使えますね)


 魔方陣の中央に、青い宝珠を置く。

 魔方陣が輝き始めた。


(女神様から預かったこの宝珠で―――)


 キラキラ光る魔方陣の前に立って、ルビィは念じた。




 ―――十代後半から二十代の若い男性(年が離れすぎていない方がいいですね)。

 ―――現在恋をしていないこと。独身で、婚約者も恋人もいないこと。(特に婚約者のいる男など論外!!!……おっと)


 力説するあまり、気が散ってしまった。

 魔方陣が点滅している。ルビィは気合を入れ直した。


 ―――相手は人間であること(人外は何かと難しいですからね)。

 ―――呼び出されて怒らない人物であること(召喚した相手に恨まれてはいけません)。

 ―――この国に永住可能であること(出会ったはいいが、げることができない相手は駄目ですね)。


 娘のお見合い相手を選ぶ母親のように、真剣な表情で次々に条件を入力していくルビィ。


 ―――「異世界荒らし」を撃退できる能力があること(並みの相手では、彼女を守れません)。


 最後に、エルシーの好みと相性を考え、多少の注文を付けるとルビィは強く念じる。


「出でよ!理想の攻略対象!!」


 魔方陣が眩しい光を放つ。何度か明滅を繰り返し、地に描かれた模様が回転を始める。

 一際強力な光を放射すると、そのまま動きを止めた。


「?」


 ルビィは魔方陣をじっと観察する。


(失敗しましたか……いえ)


 魔方陣は光を放ちながら、ゆるやかに回転を続ける。


(呼び出しに時間がかかっているようです。……条件が厳しすぎましたか)


 特に「異世界荒らし」を撃退できる能力の所。


(いっそ、人外にまで対象を広げてみましょうか)


 先程の条件を外す気はないルビィだった。


(恋愛成就しても、「異世界荒らし」が片付かない事にはどうにもなりませんからね)




 この世界の女神の依頼で、妖精の女王から派遣された「導きの妖精」ルビィの使命。


 一つは、乙女ゲーム「聖なる乙女は夢を紡ぐ」の世界を滅亡の危機から救うこと。

 二つ目。ヒロインであるエルシー・クロフォードを「異世界荒らし」から守ること。

 三つ目。ヒロイン・エルシーの恋を成就させて幸福に導くこと。


 最初の世界の危機は回避できた。だが、異世界荒らしとの戦いはこれからである。正直言って、今は戦力不足にも程がある。前の聖女と「聖女の盾」を味方にできなかった場合も考えて、頼りになる味方を増やしたかった。


 できるだけ、「異世界荒らし」と正面から戦うような事態は避けたいが、敵は既に乙女ゲーム世界と繋がりのある少女漫画の世界を手中に収め、こちらにも浸食を開始している。このまま放置しておけば、具現化して直接世界を乗っ取りに来る。度重なる転生を続け、強大な力を身に着けた相手である。聖女達を味方につけても、力では敵わない。

 そんな「異世界荒らし」を撃退し、エルシーの恋愛を成就する。


(そうしなければ、私の野望も叶いません!)


 ヒーロー・ヒロインのサポート役として経験を積み、世界を治める女神となること。それが長年のルビィの野望……いや、夢であった。


 やがて、考えるのにも飽きたルビィは、ただひたすら魔方陣を眺めていたが……。


(よし!寝よう!)


 決心すると、ふらふらしながら家に飛んで帰る。


(魔力を消耗しすぎて疲れました……一休みしておやつでも食べてから、また見に来ましょう)




 後には、激しく明滅を繰り返す魔方陣だけが残された。

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