第六章 追われた勇者

勇者は粛清される

 「グリーンフィールド王国」の隣の国「ブラックウッド王国」。

 この国では、古くから魔王と人間との戦いが繰り広げられていた。


 それだけに、勇者による魔王討伐成功の知らせに、国中の人々は歓喜に沸いた。

 国内の各地にはまだ魔王軍の残党が残っており、小規模の争いが繰り広げられていたが、やがてはそれも収束すると見なされていた。




 ―――――残存する魔王軍の中でも、最大勢力の残る地。




 最前線では、多くの戦士達が未だに死に物狂いの戦いを繰り広げていた。

 その戦いの最中、突如として強大な力を有する二人の人物が登場する。


 魔将軍アデライン。


 暗黒魔術師カリスタ。


 たった二人の魔族に、人間達はなすすべもなく倒れていった。


 ……そして今、残っているのは、ただ一人。

 夕闇の迫る戦場で、三つの人影が対峙していた。


「あら、しぶといこと。さすが、元勇者と言ったところかしらぁ?」


 クスクスと余裕の笑みを浮かべる女、魔将軍アデライン。。

 毒々しい色合いの赤い髪をなびかせ、豊満な肢体したいを見せつけるかのような露出度の高い鎧を着ている。

 その浅黒い肌には、傷一つついていない。


「……もう、これで最後。メイヴィス様に忠誠を誓う?」


 無表情のまま低く呟く少女、暗黒魔術師カリスタ。

 薄紫の細い髪が帽子の下から流れている。

 その華奢な体つきと幼さの残る顔は、12、3の少女にしか見えないが、既に人であることを止めた彼女に人の時の流れは関係無い。


「何度聞いても同じだ。俺の答えは変わらない」


 答えるのは、二十歳前後の男。

 鋭い濃青の瞳は、臆することもなく二人の強敵を見据えている。

 兜はとうに壊れて、短い黒い髪が風に舞っている。


「残念ねぇ。キャロルががっかりするわ」


 からかうようなアデラインの口調。


「…………」


 全身に傷を受け、泥にまみれながら、「元勇者」は不思議なほど静かな表情を見せた。


「……もう、お前には、帰る場所は無い」


 カリスタの幼い顔に大人びた表情がのぞく。赤い瞳がかつて勇者と呼ばれた男を真っすぐに見据える。


「わかっている」


 苦々しい笑いが、「元勇者」の精悍せいかんな顔に浮かぶ。

 「元勇者」……いや、「偽勇者」として、勇者の称号もその象徴である武器も取り上げられた彼には、それがよくわかっていた。


「わかってないわね」


 少々苛立ったように、アデラインが声を張り上げる。


「もう、この国は貴方を必要としていないわ。偽の勇者扱いして、何もかも取り上げた上、こんな所で死ねと言ってるのよ?」


 魔将軍は、この場の惨状を見せつけるように片方の手を振る。

 ひび割れ、荒れ果てた大地に流れる人の血、数多くの死体。


 今朝までは、皆生きていた。

 こんな戦場でも、生きて帰るつもりだった者もいたはずだ。

 今生きている人間は、かつて勇者と呼ばれた男、ただ一人。


「メイヴィス様なら、貴方を排除した連中に復讐するチャンスを与えてくれるわ。断る理由は無いと思うけど?貴方の大事な幼馴染も妹も、魔王様の元にいるのよ。このまま死んだら、あの二人でさえも貴方を忘れるでしょう。二人とも、一之かずゆき様に夢中だもの」


 アデラインが邪悪な笑みを浮かべる。

 カリスタも淡々と残酷な事実を告げる。


「……もう、あの子達でさえ、お前を必要としていない。お前がいなくても幸せになれる」

「そうか」


 短く答えて男は微笑んだ。この場にそぐわない、穏やかな微笑。


「何よ、その笑いは!?」

「……!?」


 驚きの表情を浮かべる魔将軍と暗黒魔術師。


「俺の目的はこの国を平和にして、大切な人達が幸せに生きていくことだ。もう、その願いは叶った」


 一点の曇りも無い輝く瞳で、「元勇者」は語る。


「いつでも死ぬ覚悟はできている。戦場でこの生を終えるのなら、本望だ」


 ひびの入った剣をかざす。


「あらそう。それなら、これで終わりね」


 不機嫌そうに呟くアデライン。

 目を閉じて詠唱に入るカリスタ。手にした杖に光が灯る。


 斬撃が届く前に、術は完成していた。


 閃光が視界を焼く。

 意識が急激に薄れていく。

 徐々に暗く染まる視界の中に、懐かしい面影が現れては消える。


 長い髪を二つに分けた水色の髪の少女。


(一言、君に伝えたかった)

(でも、こうなる以上、何も言わなくて良かったな……)




 閃光と暴風が収まった時、三つの人影は、二つに減っていた。


「ちょっと惜しかったわね。結構いい男だったのに。まぁ、一之かずゆき様がいるからいいけど」

「……邪魔が、入った」


 珍しく不服そうな顔を見せたカリスタに、アデラインは不思議そうな視線を向ける。


「どうしたのよ?貴女の術を食らって生きていた人間なんていないじゃない」

「…………」


 カリスタは、なおも不審そうにえぐられた大地を見つめていたが、きびすを返し、


「帰る」


 呟いたと同時に、二人の姿は黒と紫の光の球に包まれ、掻き消えた。




 そうして、死体だけが残った。

 無人の戦場に、乾いた風が吹き抜ける。

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