収穫祭のお邪魔虫

 空は高く澄み、秋晴れの気持ちのいい午後。


 街中にたくさんの屋台が並んで、あちこちから食欲を誘ういい匂いが漂ってくる。

 露店には、色とりどりの珍しい品物が並び、立ち止まって商品を物色する人々でにぎわっている。


「どこから見て回ろうかしら」


 立ち止まったエルシーの前に、現れたのは……。


「やあ、奇遇だね。ここで会うなんて」


 見覚えのない若い男。顔立ちは整っていて高価そうな服を着ているが、軽薄そうな雰囲気である。知り合いの貴族にもこのような青年はいなかった。


「人違いではありませんか」


 知らない男はふっと吐息をついて……その気障きざな仕草に悪寒が走る。


「つれないなぁ。キミとボクとは前世からずっと愛し合っていたのに」


 エルシーは怪しい男から目をらして、姿を消したままのルビィに話しかけた。


(何?この人。全く見覚えがないけど……)

(ただのおかしい人ならいいんですけどね。こう質問してください)


 ルビィの提案で、エルシーは胡散臭うさんくさい男に聞いた。


「貴方には婚約者がいるんでしょう」

「あぁ、親の決めた相手に過ぎないよ。真の愛の前には、何でもないことさ。僕は、彼女のものじゃないんだ」

「お黙りなさい。悪役令嬢の所有物の分際ぶんざいで、何を己惚うぬぼれてらっしゃるの?」


 怪しい男の前に、若い女が姿を現した。

 金髪のくるくる巻いた髪。目のり上がったきつい印象の美人だった。フリルやレース、宝石がふんだんについた豪華なドレスを着ている。


(悪役令嬢ですね)


 断定するルビィ。

 エルシーが考える暇も無く、ビシッと指を突き付けて、悪役令嬢は、エルシーを非難した。


「また人の婚約者に手を出すおつもりですの!?今度という今度は容赦ようしゃしませんわ!」

「この人の事も貴女の事も全く知りません。思い込みで人を非難しないでください」


 悪役令嬢はななめめ上から見下ろすような視線をエルシーに向け、鼻先で笑ってみせた。


(典型的な悪役令嬢ですね)

「あら、誰が見てもわかりますことよ。貴女のことはよく知っておりますわ」

(!?)


 エルシーは動揺を押し隠した。

 彼女は、公爵家こうしゃくけにいた頃の自分を知っているのだろうか。


「その甘ったるいピンク色の髪!びまくった可愛い顔!貴女は……ヒロインでしょ!」

「え?」


 予想外の言葉に思考が止まるエルシー。

 悪役令嬢は顔を斜め上に向け、手を口に添えて高らかに笑う。

 高慢な悪役令嬢らしい仕草。エルシーも思わず感心して見る。


「おほほほ!みじめにざまぁされたヒロインなのに、男癖の悪さは直らないのね!」


 キッとエルシーを見据え、悪役令嬢は高らかに宣言する。


「何度でも、このわたくしが引導を渡してあげますわ!覚悟しなさい、乙女ゲームのヒロインちゃん!!」

「この子は少女漫画のヒロインですよ」

「は?」


 姿を現したルビィの言葉に悪役令嬢は固まってしまった。

 そのすきをつくように縮こまっていた婚約者が前に進み出る。


「愛し合う二人に越えられない障害はないんだ!さぁ、僕と一緒に卒業パーティーで婚約は……」

「おらぁ!!!」


 ガスッ!!!


 キラキラ光る星を振りまき、重い音を立てて男が倒れる。

 杖をかかげたルビィが叫ぶ。


「逃げましょう!ぼんやりしてると婚約破棄こんやくはきイベントに巻き込まれます!」


 エルシーは駆け出した。

 全速力で街中を駆け抜け、小さな空き地まで来た所で足を止める。

 息を整えた後で振り返り、背後を確認した。


「何だったのかしら……一体」

「『悪役令嬢物の主人公(転生者)』と『馬鹿な婚約者』ですね。婚約破棄こんやくはきイベントを起こそうとしていたようですが……」

「何故そんな人がいるの」

「教えてあげるわ……最後にね」


 小さく砂利を踏む足音がして、先程の悪役令嬢とはまた違う女の声が答えた。別人だが、よく似た高慢な響きの声。


「嘘をいてもわかるわよ。貴女が乙女ゲームのヒロインでもあったことは、よく知ってるわ。わたくし達悪役令嬢には、強力な守り神様がついているのですもの」


 振り返ったエルシーとルビィの目に映ったのは…………。

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