第五章 ヒロイン不足は深刻です

祭りへ行こう!

 「聖女の盾」の四人が帰った後、「魔女の家」では静かな日々が続いた。


 その間エルシーは、売り物にする薬や服、小物を制作したり、敵襲てきしゅうに備えて戦闘用のアイテムをそろえたりして過ごした。

 時には一息ついて、お茶やお菓子、読書や衣装替えを楽しむ。

 家の中は住み心地良く整えられ、少女らしい華やかなデザインの物が増え、二人は楽しく生活していた。

 そんな平和な生活も続いてくると、時には少々刺激が欲しくなってくるのだった。


「最近、町中が浮かれた感じになってるわね」

「もうすぐ収穫祭のお祭りですよ。この町では一年でも特に盛り上がる時期ですね」

「そうなの…………」


 エルシーは、いつも通りどんよりした空気におおわれた森を窓越しに見た。

 無性に明るい太陽と青い空が懐かしくなる。


「ねぇ、ちょっとお祭りに行ってみない?」


 ふわふわした薄桃色の髪を揺らして振りかえったエルシーは、青紫の瞳をいたずらっぽく輝かせてルビィに提案した。


「大丈夫ですかねぇ」


 ルビィは緑の瞳を瞬かせて、思案顔になる。


「確かに、外に出るのは不安だけど……」


 エルシーは表情を曇らせた。

 二人の心に引っかかっているのは、攻略対象の一人、元盗賊のチェスターが残した言葉だ。


『当分、人前に顔を見せない方がいい』


 チェスターはエルシーに向かって真剣な目で忠告した。


 男爵令嬢だんしゃくれいじょうエルシー・クロフォードは、義姉の婚約者と不義の罪を犯したと決めつけられ、公爵家こうしゃくけを追われた。有力貴族であるエインズワース公爵家こうしゃくけでこの上なく大事にされ、多くの人々に愛されているアイリーン。

 アイリーンのためにエルシーを憎んでいる者は多い。

 外に出るのが危険であるのはわかる。

 だが、ここは公爵家こうしゃくけから遠く離れた田舎である。知り合いに会う心配はまず無いだろう。


「閉じこもっていても新しい出会いはありませんからねぇ」


 ルビィは思案しあんしつつ呟く。


「別に、直ぐにまた恋愛したいわけじゃないわ。でも、顔を隠してばかりいるのも疲れるし、少しは普通の娘らしく過ごしてみたいのよ」

「そうですね。恋愛的ハッピーエンドが実現しないと、私の評価が上がりません」


 ルビィは、案内役として三つの大きな使命を授かっていた。


 一つは、ヒロイン・エルシーを導き聖女の使命を果たして世界の危機を救うこと。

 もう一つは、「異世界荒らし」の魔の手からエルシーを守ること。

 最後は、エルシーが素敵な男性との恋を実らせて幸せになること。


「乙女ゲヒロインの案内役ですから、やっぱり恋愛成就じょうじゅは外せないですね!」


 ぐっとこぶしを握りしめて力説するルビィ。


「そして、お仕事大成功で私は一歩女神に近づきます」


 うんうんとうなづききながら、ルビィはつぶやくく。


「行きますよ! 新たな出会いを求めて!」

「新しい友達ができるといいわね」


 それぞれに期待を秘めて、祭りに行く支度をする二人だった。




 村はずれ。

 人通りが無く、建物もまばらな空き地の中、全身を暗い色のマントで身を包んだ人影が立ち止まる。


(ここでいい?)

(誰もいません。あの小屋の影でいいでしょう)


 他の誰にも聞こえない会話が交わされ、人影は小屋の裏へ回ると、身に着けたマントを取る。



 バサッと音を立てて暗色の布が取り除かれると、下から現れたのは、薄桃色の髪の少女。

 ドレスのすそは靴の上に届く長さ。深い赤の生地は、白いフリルで飾られ、真紅のリボンは顔の両側の薄桃色の髪を結んでいる。


 エルシーは手を伸ばして軽く髪を整えると、マントをたたんでかばんにしまった。

 小さな「魔女のかばん」は、かばんに入る大きさの物ならかなり多くの物を収納しゅうのうできる便利な品物だ。

 強力な回復薬や護身用の攻撃アイテムも中にしまってある。

 異世界物によくある『アイテムボックス』ほど大量に物を持ち運べるわけではないが、これでも十分に役に立つ。


「では、行きましょうか」


 張り切ってルビィが言う。

 彼女もいつもと違うフリルやレースの飾りのついた黄色いドレスを着て、透き通るショールを掛け、髪にも金色に輝く木の葉のアクセサリーを付けていた。


「森から来たのは誰にもわからないわね」


 辺りを見回しながらエルシーが言う。


「心配いりませんよ。さぁ、収穫祭を楽しみましょう!」

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