招かれざる客

 薄暗い森の中。

 雨は既に止み、濃い霧が辺りを覆っていた。

 金髪の若者は厳しい顔付きで虚空を睨んでいる。


「ここに聖女が……ナナミがいるのか?」


 王太子アルフレッドが身にまとうのは、黄金の装飾を施された白い鎧。世継ぎの王子に相応しい豪華な鎧は、物理攻撃のみならず、魔法にも優れた耐性を持つ。魔女の住処に乗り込むため、特別に用意されたものだ。


「間違いなく、ここから聖女様のお力を感じます」


 大司教パーシヴァルが答える。彼もいつもより動きやすい服装をしていた。


 藍色のローブに身を包んだ若者は、片手を伸ばして何事かを呟いていた。常人には意味をなさない言葉の羅列。魔術の素養のある者には、辺りに漂う魔力の波動を感じ取ることができただろう。宮廷魔術師レジナルドは先程から、魔女の結界と格闘していた。


 アルフレッドが呟いた。


「聖剣があればいいんだが」

「無いものは仕方ありません。第一、殿下の務めは戦うことではないでしょう」


 パーシヴァルがいさめた。


「…………よっしゃ! これでいつでも突入できるで!」


 レジナルドが手にした杖をくるりと円を描くように回すと、うっすらと小さな家が目の前に浮かび上がる。


「では、行きましょう。くれぐれも、ご無理はなさいませぬよう」

「あぁ、ナナミを救い出すぞ!」


 パーシヴァルの忠告に頷き、アルフレッドが叫ぶ。

 ゆっくりとドアが開かれた。




「わたくしの家に何のご用ですの?約束も無しにご訪問なさるなんて、礼儀を知らない方達ですわね」


 不思議な光を放つ赤みがかった黄金の髪を首元でかき上げつつ、ナナミは傲然ごうぜんと微笑んだ。

 高飛車な態度のナナミに、ルビィが心の声で囁く。


(またキャラを作ってますね)

(見つかるわけにはいかないでしょう)


 まだ彼らが敵なのか味方なのかわからない以上、正体を知られるわけにはいかない。

 …………正体を明かして謝りたい気持ちもあるが、そうするのは彼らが敵ではないと証明されてからだ。

 彼らのことは信じているが、やはり女神様の警告が気になる。


「ここに聖女ナナミがいるはずだ」


 アルフレッドの詰問に、ナナミは素知らぬ顔で答える。


「まぁ!聖女様がこんな所においでになるはずはありませんわ」


 しかし、パーシヴァルとレジナルドが反論した。


「白を切っても無駄です。この家から確かに聖女の気配を感じました」

「隠しても無駄やで」


 さすがに気配までは誤魔化ごまかせない。

 ナナミは無造作に言い放った。


「では、ご自由にお探しになったら?」


 王子の命令で、兵士達が家の中に入ってきた。

 台所や、地下室や寝室まで容赦ようしゃ無く荒らしていく。


(後片付けが大変だわ)


 思わずナナミが愚痴ぐちをこぼす。


(片付けまではしてくれそうにないですね)


 姿を消したままルビィも嘆息する。




 …………当然のことだが、家中を探しても、誰もいなかった。

 途中、封印された部屋に注目が集まったが、中に人はいないとレジナルドもパーシヴァルも断定した。


「ここにもいないのか……」


 うなだれる王太子にナナミは言った。


「もうお分かりになりましたでしょう?早くお帰りくださいませ」

「お待ちください」


 厳しい表情で考え込んでいたパーシヴァルが、ナナミに向き直る。


「先程から気になっていたのですが……」


 ナナミは内心ギクリとする。


「聖女の力を、この魔女本人から感じます」


 やっぱり誤魔化ごまかしきれなかったか。

 ナナミは唇を噛みしめた。


「何!?どういうことだ!?」


 顔色を変えるアルフレッド。

 レジナルドが問う。


「まさか、聖女の力を奪い取ったんか?」

「いえ、如何に力の強い魔女であっても、聖女からその力を取り上げることはできません」


 大司教の答えに不思議そうな顔をする王太子。


「では…………」


 アルフレッドの疑問にレジナルドが答えた。


「聖女の体を、魔女が乗っ取ったんやな」

「…………」


 ナナミは沈黙を守った。


「あるいは…………」


 ナナミを見て、ゆっくりと大司教が言った。


「彼女が、聖女本人か。聖女様は変身薬をお持ちでしたからね」

「いや、違うだろう!」


 アルフレッドが真っ先に異を唱える。


「彼女なら、姿を変えていてもわかる。そのため、この目で確かめに来たのだからな!」

「そうですね。聖女様とは全く雰囲気が違います」

「別人やな」


(誰も気づかないの……?)


 半年以上一緒にいた割には、全く気付かない彼らにナナミは内心首を傾げた。

 だが、誤魔化すチャンスである。ナナミは自信たっぷりに断言した。


「当然でございましょう?わたくしは聖女様ではないのですもの。似ていないのも無理ありませんわ」


 ナナミをじっと見て、アルフレッドは断言した。


「彼女はあんな演技ができるような人じゃない。きっと、魔女に取りかれたのだろう」

「ほな、変身を解けば片が付くってことやな」


 アルフレッドはレジナルドを振りかえって問う。


「変身を解けるか?レジナルド」

「むむ……。厄介ですなぁ。聖女の力が壁になっとるけん」


 宮廷魔術師はかぶりを振った。


「解除薬があれば、良かったんやけどねぇ」


 アルフレッドは溜息をついた。


「仕方ない。今回は引き上げよう」


 ナナミは内心ほっとした。


(次までに、対策を考えなければ)


「解除薬なら、ここにある!」

「!!」


 聞き覚えのある声と共に、小さなびんがナナミ目掛けて飛んでくる。


(あれは、解除薬!?)


 避けようとする暇も無く、びんは砕けた。


 ガシャーン!!


 派手な音を立てて、破片が飛び散る。

 透明な液体が床に流れる。

 小さな星がさらさらと流れ落ちた。


(……?)


 ナナミには一滴も薬は掛かっていなかった。

 彼女の前には、星の杖を握りしめた小妖精。


「気配を消して隠れていても、私にはわかります」

「誤算だったな」


 さっと天井裏から男が一人、飛び降りた。

 アウトロー的な装いの美男、元盗賊団首領のチェスターだった。


「あれ~、ルビィやないか。新しい仕事なんか?」

「あぁ、お久しぶりです」


 緊張感の無いレジナルドとルビィの会話に、血相を変えたアルフレッドが割り込む。


「聖女を裏切ったのか!?」

「彼女の任務は、既に終わったのでしょう。次にどんな仕事を受けるかは、私達の都合とは関係ありません」


 大司教が王太子の疑問に答える。


「聖女を裏切ったりはしませんよ……私はね」


 ルビィの皮肉のこもった口調。

 王子は後ろめたそうな顔をした。


「とにかく、帰ってくださいませんこと?」


 ナナミは彼らを追い返そうとした。

 ここで正体がわかるとまずい。皆の聖女に対する気持ちを知るためには、一度よく考えて…………。


「いや、その必要は無いんやで!」


 レジナルドがニヤリと笑うと、口笛を吹く。

 兵士がガラガラと台車を押してきた。


 宮廷魔術師がさっと布を取り除けると、そこには見覚えのある小瓶が大量に……。


(ええええええええええええええええええ)

(ええええええええええええええええええ)


 声に出さず絶叫する聖女と小妖精。


「こんなこともあるかと思ぉて、がっちり用意してきたで!」

「よくやった!次の給料日を楽しみにしていろ!」

「薬代もたのんます」


 手に手に薬を持ってじりじりと迫る男達。

 ナナミは救いを求めるようにルビィを見たが、彼女はかぶりを振った。


「さぁ、観念するのだ! 魔女よ!」

「きゃあああ!!!」


 容赦無く、薬を浴びせられて、赤みがかった金髪の少女の姿が揺らぐ。

 煙が上がり、収まった後には…………。

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