王太子の本心

 ルビィは「逆ハー詐欺」について説明する。


 少女漫画や小説でヒロインが本命と両想いになった時、ヒロインに好意を寄せていた(としか思えない行動をとっていた)男キャラ達が「実はヒロインへの気持ちは恋愛感情ではなかった」と語るものである。

 ヒロインは本命以外の男を振るという罪悪感を持たずに済み、選ばれなかった男は失恋のショックを受けることもなく、すぐにでも本当に好きな相手と結ばれ、皆幸せになるという実に都合の良いシステムだ。


 作者にとっては。

 読者には否定意見も少なくない。




 ルビィは溜息を吐いた。


「このゲームに逆ハールートは存在しないんですけどね。あったとしても、『乙女ゲーム』で逆ハー詐欺など起こるはずが無いんですが」


 ゲームは小説や漫画よりも遥かに時間と労力、お金を消費する。

 特にプレイヤーの時間と労力を無にする「逆ハー詐欺」などあってはならない。


「こうなるはずはなかったということ?必要以上に関わっていなかったのに、皆好意的だったからおかしいと思ってたけど。でも、今になってやっと自分の気持ちがわかったということかしら」


 に落ちない気持ちを抱えつつ、事態を飲み込もうと苦心するナナミ。

 いくら頭をひねっても、納得のいく理由など見つかるはずも無く、疲れた頭でナナミは思った。


「別にわざわざ報告に来なくてもいいから、いつでも他の人を選んでくれればいいわ」

「そうなんですけどね、これは……」


 ルビィが言いかけたところで、侍女が再び部屋に入り、ナナミに来訪者の存在を告げる。


「ナナミ様。王太子殿下がお見えになりました」

「はい!お通ししてください!」


 ナナミは勢いよくソファから立ち上がり、いそいそと王太子を出迎える。


「じゃ、私は邪魔しないように隠れますね」


 ルビィは姿を消した。


(そうだわ、私にはアルフレッド様がいるのですもの。他の方はどうでもいいわ)


 何事も無かったように笑顔で、王太子アルフレッドを迎えるナナミだった。




「アルフレッド様、お待ちしておりました」


 開かれた扉の向こうに、凛々りりしくも麗しい「王子様」らしい微笑を見て、ナナミは胸をときめかせる。

 メインヒーローの王太子アルフレッド。金髪碧眼の正統派美男子である。


「ナナミ、元気か?」

「はい、私は元気です。アルフレッド様こそお疲れではありませんか?」


 アルフレッドはいつもに比べて元気が無いような気がした。

 足取りは重く、笑顔にも陰りが見える。毎日のように会っていたためか、小さな変化が気になった。


「あぁ、体調の方は心配無い。……今日は貴女に大事な話があるんだ」


 ナナミは急に寒気を感じた。


『実は……貴女に話があってね』

 

 何故か、先程の伯爵の言葉を思い出す。

 慌てて笑顔を作り直し、アルフレッドに聞き返す。


「はい、何でしょうか」

「ナナミ…………貴女と初めて会ってから、どのくらい経つのかな」

「半年過ぎたところです」

「そうか……早いものだな」


 アルフレッドはゆっくりと言葉を紡ぐ。言いたいことがあるが、なかなか口に出せない――――そんな感じだった。

 じわじわと広がり始めた不安を抑えて、ナナミは王太子の言葉を待つ。


「初めてナナミに会った時、貴女こそ、探し求めていた理想の女性だと思った」


 遠くを見るような眼差しで、アルフレッドは語り続ける。

 ナナミは一瞬ドキリとした。最初に出会ったのは、前の……本物の聖女ナナミだ。

 動揺を押し隠す「ナナミ」に、王太子は語り続けた。


「それからずっと、私の毎日は輝いているように思えた。本当に幸福な半年間だった」

「…………」


 王太子は何を言おうとしているのだろう?

 ナナミは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。


「全て解決したら、今のようにゆっくり貴女と会うのを待ち望んでいた」

「私もそう願っていました」


 王太子は少し悲し気に微笑んだ。再びナナミの胸の内に不安が蘇る。


「上手くは言えないが……『違う』んだ」

「…………え?」


 さっと風が小さな渦を巻く。


「それは……」


 どういう意味ですか、と言葉にすることはできなかった。

 カタカタとつかんだティーカップが小刻みに揺れる。


「きっと、貴女に抱いた感情は『恋』ではないだろうと……」


 立っていられないほどの暴風が部屋の中を吹き荒れた。


「貴方まで、そう言うのですか」


 感情を押し殺した低い声。


(貴方だけは違うと思っていたのに―――!)


 聖女の心の中そのもののように、荒れ狂う風が室内を覆い隠した。

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