第53話最後に見た姿はきれいでした
おばあちゃんが亡くなった。眠るように静かに息を引き取ったとおじいちゃんが教えてくれた。
どこからか棺らしからぬきれいに螺鈿の装飾が施された箱がきた。おばあちゃんはその箱の中に寝かされることとなった。いつの間にかおばあちゃんが好きだったお花もいっぱい届いており、家族みんなでおばあちゃんの周りを飾ってあげた。おばあちゃんは少し微笑んだ顔をしてまるで眠っているかのようだった。好きだったお花に囲まれたおばあちゃんは、とてもきれいでまるで童話の眠り姫の様だ。
「お葬式はどうするの?」
以前お父さんの親戚の葬儀に出席したことがあった私は、母に聞いた。確かあの時には棺は白かったはずだ。
「おばあちゃんは普通の葬儀ではないのよ」
「どういうこと?」
「今日の夕方ね、裏山にあの棺を運んでいくの。おじいちゃんとおばあちゃんの最後のお別れになるのよ。私たちはここでお別れをするのよ。家族だけでね」
「そうなの?じゃあ火葬するのは明日?」
「いえ、今夜あの裏山で燃やすのよ」
「えっ__?じゃあ、私も行く!最後にお別れ言いたい!」
その時初めて母は困ったような顔をした。
「それに立ち会うのは伴侶であるおじいちゃんだけ。そう決まってるの」
「どうして?」
「どうしても」
母は、それ以上何も言ってくれなかった。私は、おばあちゃんの元からずっと動かなかった。そうしているうちに夕方になった。
急に玄関が騒がしくなった。部屋にはかま姿のおじさんたちが現れた。みな神主さんのような恰好をしている。確かにおじさんたちの中の一人は、かぐや神社の神主さんだ。あとどこかで見たことのある顔だなあと思っていたら、俊介のお父さんだった。はかま姿のおじさんたちは、黙って正座をして私たち家族に深くお辞儀をした。
おじいちゃんや父も母もお辞儀を返す。私も慌ててお辞儀をした。
それからかぐや神社の神主さんが、箱の前に立って何やら祝詞のようなものをあげた。
周りを見ると皆頭を下げているので、私も慌てて頭を下げた。どれくらい続いただろうか。祝詞のようなものが終わったとたんみんな一斉に立ち上がった。
そしてはかま姿の人たちが、左右に分かれて箱の横に立って箱を持ち上げた。そしてそのまま玄関ではなく部屋から庭に続く窓のところへ箱を持っていった。何人かが外へ出ていき、窓を開けてそこから箱を担ぐようにして外に出していった。
おじいちゃんは、そのまま玄関に向かい皆が担いでいる箱の横に立った。最後に箱を担いだ皆が部屋の中にいる私たちに軽く挨拶をしてそのまま裏山に向かっていった。おじいちゃんが、その後ろをついていっているのが窓から見えた。母や父も窓からその様子をずっと見ていた。
その姿が、見えなくなった時だ。私は慌てて玄関に向かおうとした。
「駄目よ。いっちゃあ!」
母が玄関に向かう途中の私にちょっと強い口調で言ってきた。
私はそれを無視して、家を出て裏山に続く道を急いだ。ずいぶん先にはかま姿の集団が見えた。あまり近づくといけないので、少し離れたところから覗いていた。しばらく行くと、塀に囲まれた柵の扉があり、はかま姿の一人が柵の扉を開けているのが見えた。そしてその集団は裏山へと入っていった。その集団が見えなくなったころ、私は柵の扉のところへ飛んでいった。
柵の扉を動かしてみたが、鍵がかかっていて中に入れない。周りの塀はすごく高くて上の方に高圧電線なのか張り巡らされていて、人や動物が入れないようになっている。
私は、塀のあたりをしばらく歩いてみたが、入れそうな場所はなかった。
「ギイィィ___」
そうこうしている間に、柵の扉が開く音がした。私は急いで木の後ろに隠れた。最後の一人が鍵をかけ、あたりを見渡した。その時目があった気がした。俊介のお父さんだった。私は慌てて姿勢を低くした。心臓がバグバグした。もしかしたらなにか言われるかもしれない。しかし俊介のお父さんは、もう一度こちらをちらっと見ただけで、ほかのはかま姿の人たちと何事もなかったかのように帰っていった。
帰っていた人達の中に、おじいちゃんの姿はなかった。やはり最後のお別れを言うのだろうか。でもおじいちゃん一人で、火葬するのだろうか?頭の中に疑問が渦巻いてきた。
いったん家に帰ることにした。
何食わぬ顔で家に戻ると、父と母がリビングで話をしていた。
「ことちゃん、おかえり」
父はすべてお見通しだよという顔で、私に声をかけてきた。私は、先ほどの疑問が気になって仕方なくなり聞かずにはいられなかった。
「ねえ、おじいちゃん一人で火葬するの?はかま姿の人達みんな帰って行っちゃたよ」
ずっと見ていたことをばらす結果になってしまったが、どうしても気になって仕方がない。
「そうよ。おじいちゃん一人でお見送りするの」
「そんなことひとりでできるの?」
「出来るのよ」
「どうして私もいっちゃあいけないの?」
「そういう決まりだからよ」
「ねえどうして?」
「昔からそう決まっているの!」
母は、私が何度言っても取り合ってくれなかった。
私は、もう一度ひとりで裏山に行ってみることにしたのだった。
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