第43話教科書販売に行きます

 今日は朝から気分がいい。変身が終わったのだ。朝鏡を見たら、いつもの自分が映っていた。思わずにんまりしてしまう。ザ・地味~な顔だが、やっぱり愛着がある。


 「おかえり琴子!」


 思わず鏡の自分に挨拶していた。鏡の向こうで、嬉しそうに笑っている顔が映っている。


 「おはよう!」


 「おはよう。あっ、ことちゃん元に戻ったんだねえ」


 「うん、気分爽快!」


 私はキッチンに向かった。ちょっと遅かったので、もうほとんど食べ終わっている父がいた。父は、私の言葉に顔をほころばせている。


 「やっぱりその顔のほうがいいね。いつものことちゃんだねえ」


 「そうでしょ!」


 「うん、目が小さくても鼻がちょっとだけ低くても、お父さんにはすごくかわいく見えるよ」


 父に悪気がないことはわかってはいたが、改めて指摘されるといい気がしない。私は、むすっとした顔を父に向けて黙々とご飯を食べ始めた。


 「どうしたの?ことちゃん。お母さん、ことちゃんが何か怒ってるよ」


 「あなた、ことちゃんに一言多いのよ。乙女心がわからないんだから、困ったものね。ことちゃん、お父さんを許してあげて」


 「そうだよ、ことちゃん。お父さんは少しも悪気はなかったんだよ」


 私がにらむと、父は眉をへの字にして困った顔をしている。私の静かな怒りに父は先ほどの言葉を少し後悔しているようだった。父に悪気がないのはわかっているので、心の広い私は仕方なく許してあげることにした。


 「わかってる。仕方ない、許してあげるよ」


 ずいぶん上から目線な物言いだが、父はすごくうれしそうな顔をした。


 「じゃあ、お父さんは会社に行ってくるよ。行ってきます!」


 「行ってらっしゃい」


 私は席に着いたままぶすっと言ったが、母はいつものように玄関までお見送りするようだ。

 

 以前父と母が何の理由かは知らないけれど、けんかをした時には母はお見送りをしなかった。その時の父のしおれた顔は、娘から見ても哀れだった。父は、今日もいつものように母がお見送りをしてくれるのがうれしいようで、玄関へといそいそと向かっていった。あの年になってもあんなに仲がいいのは、私も少しうらやましい。

 以前は親のあまりの仲の良さにケッと思っていのだが。そんなことを考えていたら、不意に昨日の背中のぬくもりと俊介の顔が浮かんできた。私は、それを追い払おうと首を振りまくっていたら、母がちょうど戻ってきたところだった。


 「ことちゃんどうしたの?虫でもいたの?」


 「ううん、何でもない」


 私は母に見られたことが恥ずかしくて、そそくさと食べ終わり支度をしにキチンを出た。それから顔を洗ったりして部屋に戻った。


 「今日は何を着ていこうかな?」


 前に美香ちゃんとのお買い物で買った春らしい洋服を取り出したが、ちょっと女の子っぽ過ぎる気がする。ああでもないこうでもないと考えていたが、結局いつものジーパンとパーカーにした。ただパーカーは今まできていたものより、春らしいパステルカラーにした。


 「ことちゃん、お金持ってくでしょ」


 「そうだった!」


 まだ予定の時間になっていなかったので、リビングでテレビを見ていると母が封筒を渡してくれた。すっかり忘れていたのだ。よかった、もし忘れていたらまた俊介に何か言われる。


 「どうしたの?ことちゃん、顔が少し赤くない?風邪ひいたんじゃあないでしょうねえ」


 母は、私の顔の赤さを鋭く指摘してきた。少し俊介の事を考えただけで顔が赤くなってしまった。本人を前にしたら、もっと赤くなるかもと思って今日出かけるのが少し嫌になった。

 そう考えているうちに、玄関のチャイムが鳴った。


 「俊介君が来たわよ!」


 「うん、今行く」


 玄関から母が呼んだ。私はのろのろと重い腰を上げて玄関に向かった。


 「おはよう」


 「おはよう」


 俊介が、先に私に挨拶してきた。私も挨拶を返す。ちらっと俊介を見ると、俊介も私の方をちらっと見て、私と目が合うとさっと目をそらした。

 その様子を素早く観察した私は、少し先ほどまでの嫌な気持ちが消えていくのを感じた。心に余裕が出てきた。


 (俊介もちょっと意識してる?)


 そう思うと、なんだか嬉しくなって顔が緩んだ。


 「行ってきます」


 「気を付けてね。俊介君よろしくね」


 「はい、行ってきます」


 私と俊介は玄関を出た。私は普通にしていたつもりだったが、気が付くと俊介が私をにらんでいた。


 「おい、こと。なんかにやにやしてないか」


 どうやら俊介にはばれていたみたいだった。


 「失礼だね。いつもの顔だよ」


 「そうか、さっきにやにやしてた気がする」


 私にそう言ってきた俊介も、なんとなくいつもの調子に戻ったようだ。


 「お金持ってきてるだろうな」


 「持ってるよ」


 いつもの調子に戻った私たちは、今日買う予定の電子辞書の事について話しながら美香ちゃんたちとの待ち合わせ場所に向かった。


 「おはよう~」


 「「「おはよう」」」


 美香ちゃんと岡本君はもう待ち合わせ場所にいた。四人でバスに乗って街の中の大きな書店に向かう。


 「ねえ、ことちゃん。そのパーカー色春らしいね」


 「美香ちゃんこそ、そのスカートかわいい」


 私と美香ちゃんは、隣同士の座席に座りお互いの服をほめあった。あとは休みの間何をしていたのか近況報告をしあったのだが、私は俊介との温室での事を言えなかった。


 「体調治ったみたいでよかったね」


 「うん」


 美香ちゃんには変身する前に、体調を崩したことを言ってあった。美香ちゃんは、いとこの翔也さんに高校の事を聞くという名目でいろいろ話をしたらしい。といっても親戚の法事の時らしいのだが。

 翔也さんは今年高校を卒業して大学に行くそうだ。ただここにある有名な超難関大学に通う予定だそうで、美香ちゃんは家から通うことになるからうれしいと本当に嬉しそうに顔をほころばせていた。

 

 昔から全国にも有名な難関大学が、なぜこんな田舎にあるのが不思議だった。どうやら父が経営する大企業が作った大学らしい。潤沢な資金のおかげで充実した設備が整った研究施設があったり、有名な教授陣のおかげで今では日本有数の超難関大学だ。私もできたらその大学に行きたいと思っている。美香ちゃんは、言わずもがなだが。


 私たちは書店近くのバス停でバスを降りた。

 目的地の書店が近づいてくる。遠くからでも書店の前には、すでに教科書を買った人達やこれから買う人達でごった返しているのが見えた。


 

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