第30話 本屋で会いました

 私は宣言通り土曜日は、昼近くまで寝ていた。普段なら怒られるのだが、受験の次の日ということもあり寝放題だった。まあ昨日の夕食時にもう瞼がくっつきそうな勢いで、やっとのことで夕食とお風呂を済ませた私を見たのもあると思う。

 昼近くに起きた私には、真っ青な青空と太陽がまぶしかった。あとお腹もすごく空いていた。顔を洗い軽く支度を済ませた私はキッチンに向かった。


 「お母さん、お腹空いた~」


 キッチンで昼の支度をしていた母は、髪の毛ぼさぼさの私にちょっと顔をしかめてから言った。


 「ことちゃん、今日はお昼ご飯を食べたら美容院に行って来たらどう?」


 「えっ~。今日は行く気になれないよ~。それよりお腹空いた」


 「ことちゃん、じゃあお父さんと一緒に床屋さんに行く?お父さんも今日行く予定なんだよ」

 

 キッチンに続いているリビングで話を聞いていた父が言った。


 「いやだよ~。なんでお父さんと床屋に行かなきゃいけないの?」


 「悲しいなあ~」


 少しも悲しんでいない声で言った父親を無視して、昼近くなのに朝ご飯を食べた私だった。食べ終わると、また少し眠くなってきてまた部屋に戻っていった。母が後ろから何か言っていたが、聞こえないふりをした。

 部屋に戻ってまただらだらとしていると、すぐにお昼がやってきた。さっき食べたばかりなのに、お腹はお昼御飯が入る場所を取ってくれてあるようで、私はまたいそいそとキッチンにいった。


 「お母さん、お昼ご飯食べる!」

 

 キッチンでは父と母がお昼ご飯を食べていた。今日のお昼ご飯は焼きうどんの様だった。お醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。母が準備をしてくれて、またお昼ご飯を食べた。

 そのあと床屋さんに行ってしまった父がいなくなったリビングでだらだらとテレビを見始めた。


 「ことちゃん、明日には美容院行ってらっしゃいよ。髪ぼさぼさよ」


 「うん」


 テレビに夢中になっていた私は、母の言葉に適当に返事をしていた。母がもう~と少し機嫌が悪くなったのにも気づかなかった。

 それから三時にはおやつを食べて夕食を取って、お風呂に入ってまたテレビを見て寝た。


 

 

 翌朝日曜日の朝の事だ。寝ていると、急に部屋の中が明るくなって風がびゅ~と入ってきた。慌てて布団の中に潜り込むと、布団がべりっと剥がされた。冷たい風が体の上を駆け抜けていく。


 「寒いよ~」


 布団を手で探そうとうす目を開けると、鬼のように目を吊り上げた鬼ならぬ母が剥がした私の布団を抱えて立っていた。


 「ことちゃん、もう起きてちょうだい!」


 母の怒りを含んだ言葉で飛び起きた私は、すぐさま支度をして下のキッチンに向かった。


 「ことちゃんおはよう~」


 昨日床屋さんにいった父は髪の毛がさっぱりしていて、いつものようにのんびりした声で挨拶してきた。いつもならろくに返事もしないのだが、先ほどの母の怖い顔を見た後は、父の緩い言葉が身に染みた。


 「おはよう~」


 私がちゃんと返事をしたので、父はニヤッと笑っていった。


 「お母さん、怒っていただろう?」

 

 「うん」


 私は首をすくめた。


 「もう怒らせちゃあだめだよ。今日は美容院に行って来たら?ほらおこずかい」


 父はそういって私におこずかいをくれた。私は素早く受け取ると、すぐさまポケットに隠した。もし母に見つかったら取られてしまう恐れがある。そのくらいさっきは機嫌が悪かったのだ。


 「ありがとう。今日行ってくるね」


 私はポケットの中のお金を思い浮かべてちょっとだけホクホクした。漫画が二冊は買える金額だ。美容院の帰りに寄ろう、そう思ったのだった。

 朝ご飯を食べ終わった私は、母が予約をしておいてくれた美容院に行くことにした。


 「お母さん、帰りにちょっと本屋さんに寄ってくるね」


 「そう、行ってらっしゃい」


 「気を付けてね~」


 母は、何かを見透かす目で私を見ていった。ポケットについ手をやってしまった私は悪くない。父は私の動揺など気も付いていないのか、それともわざとそう言う顔をしていただけなのかいつもの緩い挨拶をしてくれた。

  

 いつも行く美容院では髪を伸ばしていることを知っているので、きちんと切りそろえてくれた。あと少し軽く見えるようにちょっとだけ下の方をアレンジして切ってもらった。それだけでずいぶん軽くなった自分がいた。

 


 その足で本屋さんに向かう。漫画を売っている売り場に直行した。どの漫画を買おうかなあと悩んでいると、後ろから自分を呼ぶ声がした。


 「こと?」


 後ろを見ると俊介がいた。俊介はもう本を買ったのかブックカバーが付いた本を二冊手に持っている。


 「何買ったの?」


 私は俊介が持っている本に興味を惹かれてつい聞いてみた。俊介はほんのカバーをちょっと外して表紙を見せてくれた。一冊は冒険もの、一冊は推理ものだった。


 「ことは何買うの?」


 一瞬いうのをやめようかと思ったが、どう見ても今私が立っているのは漫画売り場だ。


 「漫画」


 私が正直にそういうと、鼻で笑うかと思った俊介が、まじめな顔をして聞いてきた。


 「どんな漫画読むんだ?」


 私はそんな俊介にたぶん馬鹿にされないかなと思い、自分がほしい漫画を何冊か挙げた。


 「ふ~ん」


 俊介は私が名前を挙げた漫画の一冊を手に取ると、ぺらぺらとめくり始めた。


 「漫画に興味あるの?」


 あまりに俊介が普通に漫画を手に取っているのが気になって聞いてみた。


 「いや、でもことがどんな漫画読んでるか興味あってさ」


 俊介はそういって、私が名前を挙げた漫画を次々に手に取って眺めていた。私はそんな俊介の姿を見て慌てて自分の本を選び始めた。やっと吟味に吟味を重ねて二冊を選んでレジに持って行こうとした時だ。


 「やっと決まったのかよ」


 私から少し離れたところにまだ俊介が立っていた。


 「まだいたの?」


 突然聞こえた声にびっくりした私がつい言ってしまうと、俊介はちょっとすねた顔をした。


 「一緒に帰ろうと思って待っててやったのにさ」


 その顔は昔よく一緒に遊んだ頃の俊介の顔だった。


 


 




  


 

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