第28話 気合ははち巻きで

 いよいよ高校受験の日が近づいてきた。


 「あと少しで合格圏内だぞ。がんばれよ」


 先生からは面談の時に、成績が上向いてきたというお褒めの言葉をいただいた。塾の先生にも同じようなことを言われ、浮かれていると母がぽつりと言った。


 「ことちゃん、あと少しということはまだまだなのよ。そんなに浮かれた顔をしていちゃあだめよ」


 母の言葉に今まで浮かれていた気持ちがしゅんと萎えた。そうなのだ。あと少しということは、まだ届いていないのだその高みには。そのあと萎えた気持ちのまま塾の自習室に行くと、美香ちゃんが自習室で勉強をしていた。


 「どうだった?」


 「なんか気持ちが萎えた」


 美香ちゃんが私の顔色の悪さを見て、今日の先生との面談で何を言われたか感じ取ったようだった。美香ちゃんは私の落ち込み様になんて言っていいのか考えあぐねているようだ。その時だった。


 「おい、こと。どうだった?」


 俊介が私と美香ちゃんを見つけて声をかけてきた。ただ私の様子を見て瞬時に分かったようだ。


 「まあ滑り止めもあるしさ、適当に頑張れよ」


 俊介の言葉にカチンと来た私は俄然やる気が出てきた。適当とはいったいなんだ!いくら受かるかわからないにしても簡単に言ってほしくない。目にもの見せてやると俊介をにらむと、俊介がにやにやしながらこちらを見てきた。


 「絶対に受かってやる!」


 美香ちゃんは、鼻息を荒くしてそう言い切った私に激励してくれた。


 「そうだよ。ことちゃんならできる!頑張れ!」


 「おう!」

 

 私が右腕を上げて気合を入れていると、また声をかけられた。

 

 「笹竹さん元気だね、何してるの?」


 岡本君がちょうど自習室に入ってきて、私の気合の入った掛け声を聞いて何事かと思ったようだった。


 「ことがさっきまで落ち込んでいたのに、元気になった」


 俊介がにやにやしながら岡本君に言っている。


 「そうなんだ。元気になってよかったね」


 何かよくわからないながらも岡本君はそういって、一分でも時間が惜しいのかさっさと席について自習を始めた。もちろん私たちも何事もなかったかのように、それぞれ席について勉強を始める。


 そんな毎日が続きとうとう一つ目の受験が明日となった。一応明日受けるところが滑り止めのところだ。なんとなく緊張していると、いつもより父が早く帰ってきた。父の掛け声で急遽夕飯の後に、家族だけで私の激励会が催されることになった。母がおじいちゃんとおばあちゃんも呼んできた。

 夕食は私の大好物のハンバーグだった。みんなでおいしい夕食を食べた後、父がおもむろに私に差し出してきたものがあった。


 「これをことちゃんつけてみて。これをつけて気合を入れるといいよ」


 「えっ、何?」


 私が父からもらったものを見るとそれははち巻きだった。そのはち巻きをおでこにつけると確かに気合が入る気がした。父も自分の分を買ってきたのか自分もおでこにはち巻きをつけた。


 「あらっ、あなた。これ日の丸じゃない?合格の文字が入ったものはなかったの?」


 母が私と父が付けたはち巻きを見て少しあきれ顔をしている。父が少し自慢げに言った。


 「こっちの方がやる気でない?テレビで試合をみていた時、観客がつけていたのを見てね、いいなと思っていたんだよ。見ているこっちも何かやる気出るよね」


 なんだかよくわからないことを言っている父にほかの家族があきれていた。しかし私は、父の言葉通りなんだかやる気が出てきて家族に宣言した。


 「私、笹竹琴子は、絶対に試験に受かるように頑張ります。えいえいおー!」


 「えいえいおー!」


 私がこぶしを振り上げていうと、父も私の後に続けて掛け声をかけてくれた。


 「えいえいおー!」


 「えいえいおー!」


 しばらく父と私のふたりで掛け声をかけ続けていたが、しばらく繰り返したせいで疲れてしまいやめることにした。


 「ことちゃん、そんな大声を出して。のど痛めちゃうから、ちゃんとのど温めて寝るのよ」


 母の身もふたもない言葉に私と父はふたり顔を見合わせて、はち巻きを取ってふたりで熱いお茶を飲んでのどを潤した。


 

 試験当日の朝、私は自分に気合を入れるためやっぱり昨日のはち巻きを付けた。それを付けて朝ご飯も食べ顔も洗った。そのせいかはち巻きが少し濡れてしまい、ちょっとおでこが冷たかったがなんとなく頭がしゃきっとした気がしていい気分になっていた。さあ行くぞと玄関に向かった時だ。


 ピンポーン


 玄関のチャイムが聞こえた。今日受ける学校もうちから歩いていける距離なので、歩いていくつもりだった。今日その学校を受ける子達とは、その学校の校門の前で待ち合わせをしている。だから誰だろうと思っていると、先に玄関にいった母が私を呼んでいる。

 私が慌てて玄関に行くと、玄関にいたのは俊介だった。俊介は私を見ると、目を見開いている。そして思いっきり吹き出したのだ。


 「ぷぅぅぅ__あっはっはっ__」


 「お腹の皮がよじれる~」


 私が俊介の馬鹿笑いに眉を吊り上げていると、やっと笑いが収まった俊介が、自分のおでこに指をさしている。笑いすぎたせいで声が出ないようで、私にジェスチャーで何かを訴えている。


 「何よ?」


 私がいぶかしげに俊介を見ると、その様子をずっと見ていた母が言った。


 「ことちゃん、はちまきつけたまま試験に行くの?」


 そうだった。私は気合の入ったはち巻きをしていたんだった。私はすごすごとはち巻きを取って、いまだ玄関にいる俊介をそのままに、ひとり玄関を出て歩き出した。


 「行ってらっしゃい。気を付けて。俊介君よろしくね」


 母の声に後ろも振り向かないで、手だけあげて合図した。


 「おい待てよ、こと!」


 後ろから俊介が、走って私を追いかけてきたのだった。


 



 

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