第18話浴衣姿は恥ずかしい

 とうとうこの日がやってきた。夏祭りの日だ。今日は朝からそわそわして落ち着かなかった。仮縫いも終え、できた浴衣をちょっとだけ羽織ってみた。この浴衣なら私でもちょっとだけ似合っている気がする。

 浴衣を早めに着つけてもらい、待つことにした。髪は、母がサイドを少し編み込んでくれて、髪飾りを挿してもらった。鏡で何度も確認する。いつもよりちょっとだけかわいい私がいた。

 

 そんな私の様子を朝からそっとうかがっていた父が、部屋に飛んでいった。なんだか嫌な予感しかしなかったが、案の定カメラを持ってきた父は、私の写真を勝手に撮り始めてしまった。


 「ことちゃんいいねえ、ちょっとだけこっち向いて」


 気分はまるで名カメラマンの様である。私も浴衣姿にちょっとだけ気をよくして何度かポーズをとった。そんなことを繰り返していると、玄関のチャイムが鳴った。時間を見ると、予定の時間になっていた。


 「美香ちゃんが来てくれたわよ」


 母の言葉に慌てて玄関に飛んでいった。玄関では、美香ちゃんが母としゃべっていた。


 「おばさん、この髪飾りありがとうございます」


 「美香ちゃん、その浴衣よく似合っているわ。とってもかわいいわね」


 「美香ちゃん、おまたせ」


 私が美香ちゃんのところに飛んでいくと、後ろからついてくるものがいた。


 「やあ美香ちゃん、久しぶりだね。かわいい浴衣姿だね。ふたり並んだところをちょっとだけ写真撮らせてくれないかい」


 私は嫌だ!と言おうとしたが、美香ちゃんがまんざらでもない様子だったので、外に出てふたりで写真を撮ってもらうことにした。ちょっとだけといったのに何度もポーズを変えられてバシャバシャ取られてしまい、母が止めてくれなかったら、待ち合わせの時間に遅れてしまうところだった。


 「ごめんね、ほんと仕方ないんだから」


 「いいよ、私も写真撮ってもらいたかったから。またできたら見せてね」


 「うん、もちろん。美香ちゃんその浴衣姿似合うね」


 美香ちゃんの浴衣は、白に薄い桃色や青の朝顔の柄がちりばめられていて美香ちゃんにとっても似合っていた。髪飾りも浴衣の色を聞いていたので、桃色と青色のつまみ細工の髪飾りでアップにした美香ちゃんと浴衣がよく合っていた。


 「ことちゃんの浴衣もいいね。涼しげな柄がことちゃんによく似合うよ。髪飾りもかわいい。今日は髪もかわいらしくしてあるんだね」


 ふたりで買ったリップもつけて、ちょっとだけ女の子らしい気分で待ち合わせの場所にいった。岡本君と俊介は、もう来ていて鳥居の前に立っていたが、二人とも私服のせいかいつもより大人っぽく見えた。そばを通る女の子達もちらちらと二人を見ている。


 「やあ笹竹さんに田野村さん!」


 先に気づいた岡本君が私たちを呼んだ。私の横にいる美香ちゃんは普通に手を振ってそれに答えたが、私は浴衣姿に少し恥ずかしくて二人を見れなかった。


 「今日はふたりとも浴衣なんだね。夏らしいね」


 「そう?せっかくだからね着てみたの。ね、ことちゃん!」


 美香ちゃんは私にそういってきたが、私はうつむいて言葉が出なかった。変に思われちゃうじゃん、ちゃんとしなよ。自分でそう思いながらもやはり恥ずかしい。


 「店がいっぱい出てるから早く行こうぜ」


 俊介がそういってみんなで歩き出した。私もようやく前を向いて歩き始めた。

 小さい神社の割には、お祭りは賑やかでお店もたくさん出ている。鳥居から続く参道には提灯がたくさんつるされている。いろいろ会社の名前が書かれていた。今までは気にも留めていなかったが、改めてみると父たちが働いている会社や関連会社ばかりが目立つ。よほど寄付をしているのだろう。日本でも有数の一流企業の寄付があるから、こんなにお祭りも華やかなんだと感心して上ばかり見ている私に声がした。


 「きれいだね、提灯の明かり」


 声の主は、岡本君だった。上の提灯ばかりに気をとられていたが、気が付けばいつの間にか岡本君が私の横に並んでいた。美香ちゃんは?と目で探すと私の少し前を俊介と何か話しながら楽しそうに歩いていた。


 「先に神社へ行ってお参りしてから、店を回ろうかって話したんだけど聞いてた?」


 「あっ、ごめん。聞いてなかった」


 「そうだと思ったよ。だって笹竹さん、もうそれは熱心に提灯にくぎ付けだったもんね」


 岡本君は笑いを含んだ声で言った。どうやら岡本君は、私が提灯に気にをとられているのをずっと見ていたらしい。

 

 「浴衣姿だと印象がずいぶん違うね」


 「そう?」


 「うん、かわいいよ」


 「えっ、ぁりがとぅ」


 私は、岡本君の言葉に嬉しいやら恥ずかしいやらでつい声が小さくなってしまった。私がもじっとしてしまったのに気が付いた岡本君は、さりげなくほかの事を言って私の緊張をほぐしてくれた。


 「今日は、りんご飴もわたがしも売ってるね。チョコバナナもあるし楽しみだね」


 「うん」

 

 岡本君の話を聞いて私は思った。女の子が言ってもらいたい気の利いた言葉を簡単に口にできるなんて将来すごくモテそうだと。今でも充分かっこいいのに。

 私の中でちょっとだけもやもやしながら境内に入っていく。早めの集合時間にしたはずが境内の中は人でごった返していた。ここの祭りは神社の規模に比べて大きいのだ。

 

 私と岡本君が境内に着くと、先に境内で待っていた俊介が言った。顔が少し怒っているように見えた。


 「こと、歩くの遅いぞ。なんで提灯ばっか見てたんだよ」


 「ごめん」


 私は謝るしかなかった。確かにゆっくり歩いてしまったから、二人はずいぶん待ってしまっていたかもしれない。それに途中岡本君の『私へのかわいい』発言に思わず立ち止まってしまったから、余計遅くなってしまったのかもしれない。


 「もう葉ケ井君たら。提灯きれいだもんね」


 「そうだよ、こんなにきれいなんだから女の子はゆっくり見たいよね」


 美香ちゃんと岡本君がフォローしてくれた。

 私はふたりに見えないように俊介にあーかんべーをしてやったのだった。ざまあみろ。

 

 私の変顔を見た俊介の顔があっけにとられていて面白かった。



 



 

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