第5話ぼっちからの脱出

 「竹?かなあ」


 「そうね、竹の一種だけど珍しい竹なのよ。この竹はね...」


 おばあちゃんが、今度はこの竹の事を話してくれた。

 この竹を煎じて飲むと、変化が抑えられるらしい。ただしそれは、思春期に入ってから。だから今の私には効かないんだけど。だから中学校に入ってからは、学校を休まなくてすむと聞いてちょっとうれしかった。今は、まだ休まなくてはいけないから。ただしその竹のお茶を飲んでも、一年に一度ぐらいはどうしても効きにくい時があるので、その時には学校を休んだ方がいいらしい。満月にもフルムーンとかあるからそんなときなのかもしれない。

 だから代々この家ではこの竹を大切に守ってきた。今はおばあちゃんとお母さんがこの温室で大切に育てている。もしかしたらその辺も竹取物語のいわれにつながるのかもしれない。

 

 「この竹のお茶っておいしいの?」


 おばあちゃんは悪い笑みをした。


 「とっても苦くてまずいけど、効くんだと思うと飲めるわよ」


 私は苦いと聞いてちょっとぶるっとした。そんな話を聞いている間にいつの間にか私の中にあった憂鬱だった気持ちが消えてしまっていた。



 しかし学校生活では相も変わらず一人ぼっちの毎日だった。


 ある日お昼休みも教室で一人ぼーっとしている私に話しかけてきた子がいた。昔はよく公園や幼稚園で遊んでいた田野村美香だった。


 「最近葉ヶ井君と遊んでないけど喧嘩でもしたの?」

 

 「別に」

 

 その時の私はぶっきらぼうにそういっただけで、話したくなくて机に顔をうずめた。

 

 それでもそれから毎日、田野村美香が昼休みになると話しかけてくれて、はじめは無視していた私だったけれどやっぱり毎日一人ぼっちでいるのは寂しくて、気が付いたら昼休みは美香としゃべるようになった。そのうちほかの子も混ざり始め気が付けば、私もいつの間にか女の子たちと仲良くしゃべることができるようになっていた。


 

 ある日のこと、今では親友になった田野村美香ちゃんが、学校の帰り一緒に歩いていると不意に私に聞いてきた。


 「ねえどうして葉ケ井君としゃべらなくなったの?」


 私は、自分が変化したことだけを言わずに葉ケ井俊介に言われたことを美香ちゃんに話した。


 「そうだったんだ。ごめんね。みんな琴子ちゃんがうらやましかったから、嫌なこと言っちゃったの。まさか琴子ちゃんに知られたなんて思ってもいなかった。それでも言っちゃいけなかったよね。本当にごめんね。明日みんなにも言うからね。みんな絶対に琴子ちゃんに謝ると思うよ」


 「うんわかった。ねえ、さっきいったうらやましいって何のこと?」


 「それはね、琴子ちゃんがいつも遊んでいた子たち、みんながかっこいいって言ってる子が多かったからだよ。特に葉ヶ井君、みんなかっこいいって言ってるんだよ」


 私は女の子とろくに話したことがなかったので、美香の話を聞いてびっくりした。私のびっくりした顔を見て美香は笑いながら話してくれた。


 「たぶん琴子ちゃんは全然気にしていなかっただろうけど、葉ケ井君モテるんだよ。みんなかっこいいって言ってる」


 「そうなの?美香ちゃんも?」


 「まあね。かっこいいとは思うよ」


 「そうなんだ~。知らなかった!」


 私が本当に感心していると美香ちゃんが、今度は思ってもいなかったことを言ってきた。


 「今ではモテる子達の中に琴子ちゃんも入っているんだよ。かっこいいってね」


 私がびっくりしてまじまじと美香を見ると、美香はいたずらが成功したような顔をして笑った。



 次の日の朝、私が教室に入るとすぐに女の子たちが私の周りにわらわらと集まってきた。


 「ごめんね。ひどいこと言って」


 「「「ごめんなさい」」」


 みんな次々に私に謝ってくれた。昨日のうちに美香がみんなに話したのだろう。


 「いいよ、もう」


 今はみんなと仲良くできているから、言われていると知った時にはつらかったけれど今ではなんとも思っていない、つもりだ。少しだけ思ってるけど、それは口にしなかった。


 もう一度みんな謝ってくれた後にみんな口々に言ってきた。

 

 「琴子ちゃんて男前だよね。そこら辺の男の子たちよりかっこいい!」


 「そうそう!雰囲気イケメン!」


 雰囲気なんてちょっと微妙な言葉が付いているけれど、ずいぶん女の子達に懐かれたものだ。

 それを裏付けるようにその年のバレンタインデーには、いろいろチョコをもらった。家に帰って開けると、友チョコなはずがなぜかハートマークの中に『大好き』と書かれているものもあって、家族に見せると母やおばあちゃんは微妙な顔をしていた。しかし父親だけはすごく喜んでくれた。


 「ことちゃんは、女の子にまで好かれているんだね。すごいなあ~。心配することなかったよね」


 父親は母親に向かって、まるで自分がもらったかのように自慢げに言ったのだった。


 「ことちゃんは宝塚のスターみたいだね」


 「宝塚って何?」


 父親から知らない言葉が飛び出してきて、私は父親にすぐ聞いてみた。


 「女の人が男装して舞台で踊ったり歌ったりするのよ。それはそれは華やかでかっこいいわよ~。女の人もきれいなドレスを着てお姫様みたいなのよ~」


 私の問いに母親が食いつき気味で話してきた。どうやら母親は宝塚ファンだったらしい。最近は行っていないが、昔独身の時には何回か舞台を見に行ったことがあるらしい。

 

 単純な私は、その日から宝塚にあこがれて、家にあった宝塚の舞台の映像を何度も見た。もちろん学校でも宝塚のことを夢中でみんなに話した。もちろんしぐさも子供ながらにまねをして女の子達に見せたりもした。

 女の子達はすごく喜んでくれたので、私はさらに気をよくしてこんなことまで言っていた。


 「大きくなったら宝塚に入りたいなあ!」


 「うんうん、琴子ちゃんならきっとなれるよ。ねっ!」


 「なれるよ!琴子ちゃんの男装姿かっこいいかも~!」


 女の子達のよいしょ発言に私はすっかりその気でいたが、クラスの男子たちは冷たいまなざしをこちらに向けて遠巻きにしていた。


 しかしそのブームが終わるのはあっけなかった。母親に『将来宝塚に入りたい!』と言ったら、すごく勉強しなくてはいけないこと、勉強以外にもダンスやらいろいろお習い事をしなくてはいけないことをこんこんと諭され、根が不真面目な私はすぐにあきらめたのだった。

 

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