第3話幼馴染なんかきらい

 小学校四年生の時それは起こった。 

 

 クリスマスの前にあの三日間が来てしまい、学校と子供会のクリスマス行事を休んだ。

 

 子供会では、ちょうどクリスマスイベントがあった。まあイベントといってもお父さんたちがサンタさんになってちょっとばかりのプレゼントを配ったり、ケーキをみんなで食べたりするだけだったが、楽しみにしていた私はその行事に行けなくて大泣きをしていた。ずいぶんふてくされて家でごろごろしていた。

 そんな私に気晴らしに庭の片隅にある温室へ行こうとお母さんとおばあちゃんに言われたのに、無視してテレビを見ていた。

そんな午後チャイムが鳴った。一目散に玄関に飛んでいってドアを開けると、幼馴染の葉ヶ井俊介が玄関先に立っていた。

 彼とはクラスも一緒でよく家でも遊んでいた仲だったので、上がればと言おうとしたときだ。


 「はっ、はっ、初めまして」

 

 私はぽかんと彼を見た。彼は、顔を真っ赤にさせてもじもじしている。その時には自分がいつもと同じ顔じゃないことをすっかり忘れていて、俊介の態度に面食らってしまった。


「あのう、ことー 子ちゃんはいる?」


 と私に聞いてきた。その時に私は自分の顔の事を思い出した。そしてなんだか恥ずかしくて小声で言った。


 「今いない」


 「そっ、そうか。じゃあこれことー 子ちゃんに渡して」


 といってたぶん今日の子供会のクリスマス行事で配ったであろう小さな包みを渡してきた。


 そして踵を返して玄関から走り去ろうとするので、私は焦っていった。とってもとってもつまらなかったのだ。 ここで遊び仲間を逃してなるものかと思った。


 「上がって待っていればいいよ。それまで一緒に遊ぼう」

 

 私は半ば強引に俊介の腕を取り部屋に招き入れた。


 「おじゃまします」

 

 俊介は顔を真っ赤にさせている。普段なら絶対にこと子ちゃんなんてちゃんを付けることはなかった。

 いつもと違う俊介の様子に最初は戸惑ったものの、それはさすが子どもだけあっていつの間にか二人仲良く遊んでいた。

 遊ぶといっても今日は母親から強く言われているので、外に出ないでふたりでゲームをした。ただいつもなら奪い合いだの、たたき合いが起こるのに今日はどうしたことか、俊介がやたらと私にいろいろ譲ってくれる。その時には珍しいなあと思っただけだが、今までそんなことされたこともなかったので、少しだけ歯がゆいながらもうれしかった。

 そうしているうちに時間は瞬く間に過ぎて、あたりが夕闇に包まれた。


 「もう帰るね」


 俊介はいつものようにそう言って玄関に行った。私もいつものように玄関に一緒に向かう。そこでいつもならバイバイするのに今日は違った。


 「また会える?」

 

 俊介が玄関先でくるりとこちらを振り向いて、真っ赤な顔で言ってきた。


 「当たり前だよ。明日も遊ぼうね」


 そう私が言うと俊介は、今までに見たこともない少しはにかんだ顔をして走って帰っていった。

 

 私はそれから部屋に戻り、置きっぱなしにしていたさきほど届けてもらったクリスマスプレゼントを開けて見た。中にはきれいな折り紙セットとクレヨンが入っていた。すぐに折り紙の中の一枚を取り出し、最近覚えたばかりの鶴を折っていると、玄関で声がした。


 「お母さんだ」


 私は昼間の不機嫌さもどこへやら玄関に飛んでいった。


 「ごめんなさいね、遅くなっちゃったわね。温室でおばあちゃんと作業していたの」


 私はすぐに母に報告をした。


 「今さっきまで俊介がいたよ。クリスマスプレゼント持ってきてくれたの。クレヨンと折り紙が入っていたよ」


 そういって母とおばあちゃんに、得意げに折り紙で折った鶴を見せた。


 「俊介君、びっくりしてなかった?」


 心なしか心配そうに聞いた母に、出来上がった鶴を見せるのに夢中だった私は、母とおばあちゃんが顔を見合わせているのにちっとも気づいていなかった。

 

 そして翌日学校に行ってまっずぐに俊介のもとに向かった。


 「昨日はありがとう」


 「いいよ」


 俊介は普通にそういって私の腕をつかむと、ちょっとみんなと離れたところに私を連れていって、早口で聞いてきた。


 「ねえ昨日ことん家にいた子、名前なんて言うの?まだいる?今日遊びに行っていい?」

 

 俊介の言葉に、一瞬意味がわからずぽかんとした顔をしていたのだろう。俊介が畳みかけるように聞いてきた。

 

 「昨日ことん家にいた子だよ。一緒に遊んだんだ~。また会いたいなあ~」

 

 俊介があまりに楽しそうにそういうので、私はつい言ってしまった。

 

 「昨日の子は私だよ。いいよ。今日もうちにおいでよ」

 

 俊介は一瞬私が先ほどやったのと同じぽかんとした顔をした後、急にゲラゲラと笑い出した。

 

 「こと、何言ってんの?あの子とことじゃあ全然違うじゃん。あの子はお姫様みたいにきれいだったけど、ことはただの男女じゃん」

 

 「なに?男女って」

 

 その頃はそんな意味も分からずあっけにとられて俊介に聞いた。

 

 「女の子たちがみんな言ってるよ。男でも女でもない子の事だってさ」

 

 「私は女の子だよ」


 私がそういい返すと、俊介はふんと鼻で笑った。


 「ことは、どう見たって男女だよ。それより今日もあの子ことん家にいる?」


 「いない。帰った!」


 私は怒りのあまりにそういって俊介の元から走って逃げた。その日から、俊介とまったく遊ばなくなった。今まで休み時間やお昼休みはいつも俊介と遊んでいたので、クラスのみんなもちょっといぶかしく思っていたようだった。俊介は昼休みにはいつものように仲間の男の子たちと、サッカーをしに校庭に飛び出していく。しかし私には友達がいない。

 あれだけ楽しかった学校が途端につまらないものになった。


 そんな時だった。学校から帰って居間でぼんやりしているとおばあちゃんが私のすぐそばに来て座った。


 「ことちゃん、ちょっと温室行ってみない?」


 今までならランドセルを置いたらすぐに遊びに行くか誰かしら友達が遊びに来ていたのに最近はどこにも出かけないし、誰も遊びに来ないから心配したのだろう。

 私はとぼとぼとおばあちゃんの後について、温室に向かったのだった。

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