永遠なる審判

夜詩痕

1. Euthyphro

ㅤテレビからは、街中を騒がせる連日の殺人事件の報道が流れている。

ㅤマンションの一室に集まったユークたちは、さも不快そうに顔をテレビから逸らした。

ㅤ自分たち吸血鬼にとって、殺人事件が起きているのは面倒なことだった。ハンターたちによる警備が盛んになれば、不用意な外出は吸血鬼の社会的な死に繋がる。

ㅤそれでも、どれだけ人間の食事で賄おうと、人間の血以上に吸血鬼の生気づけてくれるものはない。

ㅤゆえに、殺人事件を耳にするたびに吸血鬼たちは、物足りなさを感じざるを得ないのだった。


「こんなときに、どこかの馬鹿が血欲しさに失態を晒すんじゃねぇぞ。なぁ、ユーク」


ㅤソルテは、鋭い眼光でこちらを一瞥する。


「僕は、そうはならないよ」


ㅤそんなソルテに対して、ユークは曖昧でいて弱い言葉しか返せずにいた。

ㅤ好きで、人間の血を飲まないわけじゃない。

ㅤその理由を考えるのは、自分の過去を挙げれば簡単なことだが、ユークにはそれだけが理由ではないように感じていた。


「全く、吸血鬼が弱い人間を支配すればいい」


「それができたら苦労しないだろ」


ㅤ普段通りのソルテと仲間内の掛け合いがなされる。ソルテにとっては、どうも本気でそう思っているらしい。

ㅤ茶化されて不快になったのか、ソルテは酒を一気に飲み干し舌打ちする。

ㅤ室内の吸血鬼たちも、思い思いに酒と煙草を喫している。


「とにかく、夜にはここを出るな。いいな」


ㅤソルテがそう言い放ち、集まりもお開きといったところで、一人二人とマンションの自室に戻っていった。

ㅤ部屋を出たユークは、ソルテに釘を刺されていたものの、物足りなさを感じて夜の街に出向いた。

ㅤソルテからはあのように言われたが、ユークはトラブルを起こさない人物と信用されてはいる。後で何を言われるかわからないが、引き戻すことなくマンションを出た。

ㅤ空を見上げようにも、地上からの煌々とした灯りが鬱陶しかった。



ㅤ大分歩いたと感じる距離まで来ると、唐突に辺りの灯りがなくなり、人気もなくなった。

ㅤそれでもどこからか、音が反響している。


ㅤ咄嗟にユークは物陰に隠れた。

ㅤそれに続いて音はこちらに近づき、やがて通り過ぎていった。

ㅤどうしようもなく、の臭いがした。

ㅤどうしてを止めようとしたのか。

ㅤこれ以上事件を起こされれば、我が身に危険が及ぶからだ。それだけのはずだ。


ㅤ駆け出したユークは、人間を追っている奴に向かって肘を入れた。

ㅤ吸血鬼だろう男は呻き、反撃を加えようとするものの、ユークは先立って男の腕を膝で曲げてやった。

ㅤ呆然とこちらを見つめる人間、女にユークは近づき、肩を貸す。


「さっさと逃げますよ。ここは逃がしてやりますから、僕のことを告げたりしたら、分かりますよね?」


ㅤ女は強く首肯しそれを見たユークは、肩を貸しながらそそくさとその場を後にした。


ㅤ強く雨が降り出した日の夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る