裏切りの街角――偽りの選択肢

阿井上夫

前編

 俺は『彼女』がそこにいることを、以前から知っていた。

 一見、彼女は実に身持ちが固そうに見える。

 しかし、その実「誰かがふいに現れて、自分の中に深く差し込んでくれることを、ずっと待ち続けて」おり、昼は淑女のように静かに、夜は娼婦のように目を輝かせながら、街角にたたずんでいるのだった。

 そして時折、客が姿を見せる。

 そのたびに、彼女がよろこびに身を震わせる。

 そんな姿を、俺は以前から目にしていたのである。


 そしてその時、俺はちょうど激しい渇きを覚えていた。

 昼前から陽光を浴びて歩き続けていたため、昼下がりのその時間には喉に微かな痛みすら覚えるほどだった。

「ちょうどいい機会だ」

 俺は、服の中から自分の『硬くて黒いもの』を右手で取り出すと、それを左手に持ち替えながら彼女に歩み寄った。

 彼女は黙って俺のほうを見つめている。

 たが、その身体は微かに震えているように見えた。

 俺は彼女の前に立ち、その『顔』を見つめる。

 そこには、俺の渇きを優しくいやしてくれそうな様々な欲望が浮かんでおり、その表面の下には感じやすい部分が露出している。

 俺はそんな、彼女の表情とあちらこちらにある感じやすい部分を、じらすように、そしてめ回すように見つめた。

 ただ、その部分に触れるのは後回しにする。

 まずは彼女の、その身体に自分の右のてのひらをそっと当てがってみた。

 すると、いつも冷たそうに見えていた肌が、その時は日の光を浴びたせいなのか、あるいはこれから行われることへの期待からなのか、熱く火照ほてっている。

「欲しがりなのだな」 

 俺はそうつぶやくと、彼女の身体に沿って掌を下のほうにわせてゆく。

 そして、彼女の身体に開いた小さなくぼみを指先で捉えた。

 彼女の身体がぶるりと震える。

 それはまるで次に起きることを期待したかのような動きだった。

 俺はその期待にこたえるために、窪みの中に人差し指を差し込んでみる。

 ただ、これは中に何かあることを俺が期待したためでもあるが――その時は残念ながら空っぽだった。

「まあ、そんなことのほうが多いけどな」

 俺は苦笑すると窪みから指を抜く。

 その際、彼女の硬い部分が抗議するように小さく動いたので、

「ふっ」

 と、俺は小さく笑った。

 そのまま腰をかがめ、彼女の足元へと視線を移動させる。

 そして、そのまま地面すれすれまで顔を下げると、普段あまり見ることのできない彼女の足の下の、隠微な薄暗い部分をのぞき込んだ。

 これも何かがあることを期待してのことだったが―—やはり何もない。

 ただ、その暗がりの向こう側に小さく、輝くものを見つけた。

 水溜まり――彼女がこぼしたものが地面に微かに広がっていたのだ。

 それが、彼女の火照った身体の中にある冷たい部分を想像させ、俺ののどが盛大につばを飲み込んだ。

 ――ごくり。

 俺は急いで立ち上がる。

 そして再び、彼女の顔に浮かんだ欲望の数々と、感じやすい部分を見つめた。

 淑やかな外見と欲望に満ちた表情。

 火照った身体と内に秘められた冷たい部分。

 まったく矛盾した女だ。

「客の前で己の全てを赤裸々にさらけ出さずにはいられない淫売のくせに。密かに身体からしずくしたたらせるほどにれているくせに」

 俺はくちびるゆがめながらそう言い放つと、彼女の敏感な部分に指で触れる。

 すると、彼女はこう言った。

「貴方の硬いものを私の中に入れるか、あるいはそれに代わるもので触れてください……」

 懇願。

 俺はさらに顔を歪めると、俺の『硬くて黒いもの』を彼女の敏感な部分に強く押し当てる。

「あっ」

 彼女は小さく声を漏らす。

 そして、下のほうにあるひだに包まれた奥で、何かがあふれ出る音がした。

「感じやすいのだな」

 俺は襞の奥に手を差し込む。そして――


 その先にあった想定外に熱いものに触れた。


「な、ん、だと……」

 俺は焦って中のものを引きずり出そうとする。

 しかし、途中で襞に引っかかってしまって抜けなかった。

「ちっ」

 俺は小さく舌打ちをすると、中のものを乱暴に傾けてから、一気に引き抜く。

 そして、手元にあるその『硬くて黒くて熱いもの』を見つめて、驚愕きょうがくした。

「な、なんだよ、これは!!」


( 後編に続く )

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