この夜が明けるまでに、世界の果てまで

白檀

本文

ひとり、少女は眠れないでいた。


それは、子供と大人の中間に在るあの年頃に特有のもので、周囲から見れば考えても仕方のない、時間と共に解決するような、世界からの浮遊感によるものだった。

もっともそんな分析は、彼女の人生を客体として切り取り、延長しては計測する暴力的な大人の視線で、彼女にとっては助言の皮を被った押し付けに過ぎなかった。

眠れないのは彼女自身で大人たちではないし、悩んでいる彼女自身は俯瞰の風景には立ち得ないし、そもそも自分を客観視できる者は、何かに憑かれ続けたり、疲れ続けたりはしないから。



いずれにせよ、少女は眠れないでいた。それが事実であった。

――将来、私は、一体何になれているのだろう。何になっているのだろう。

毛布に包まってベッドで膝を抱えていると、一人で在りながらも誰かではない誰かに抱かれているようで、交互に込み上げる安堵と寂しさと共に、夜が過ぎてゆく。

不安に震えながら、少女は暖かい孤独に埋もれていた。


孤独は、平穏で、自由だ。

孤独であることは、或る意味で、最も多くの他者と共に在ることに近い。等しくはないが、限りなく近い。

顔も知らない孤独な誰かと寄り添いながらも、或いは寄り添っていると思い込みながらも、決して、自分の下にない存在によって、思考が中断されることはない。

無数の私が、他者の仮面を被りながら、あちらこちらを飛び回る。思考はその度に移ろいながら、而して出口の見えないままに、夜だけが更けていく。

そんな夜は、決まって明け方まで眠れないものだ。



結局、彼女がベッドから立ち上がることになったのは、重石が取り払われたからではなく、単に喉が渇いたからであった。

「おお、生理現象よ、汝は偉大なり。世界の支配者なり」

少女は投げ遣りに呟くと、纏った毛布を引き摺りながら、キッチンに向かった。

温かいミルクでも飲もうと思ったからだ。

マグをレンジに突っ込んで、キッチンの床にぺたりと座り込む。10月のフローリングは意外に冷たく、ブランケットを引き摺ってきた怠惰すら賢明に思えた。


「動物になりたい……」

将来の事なんて考えなくても良いし、明日学校に行かなくても良い。胸を張って誇れる友達とかいないし。

そう思いながら、ごろごろと床に転がろうとして、はたりと気付く。

毛布にくるまった自分、芋虫っぽい。流石にこちらはうら若き乙女、芋虫は勘弁だなぁ。そう言えば、夕食もキャベツ多めのサラダだった。

慌てて毛布を解いて立ち上がると、ちょうどミルクを温め終わったレンジが、現実に引き戻してくれた。


ああ、良くも悪くも、自分はずっと人間だ。人間のままだ。

人間で在り続けねばならないのだ。


どうせ何も変わらない。この口癖はいつも、人生を少し曇らせている。

わかっているはずなのに。


それでも、自分のこの生が、いっそ泡沫の夢ならば、胡蝶の夢であったならば。


こんな夜、少女は、そう思わずにはいられないのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この夜が明けるまでに、世界の果てまで 白檀 @luculentus

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る