愛の在り処、罪の在り方

航海計

第1話 惨めな自分

『はぁはぁはぁ…お、俺じゃない…。俺は何もしてない…!アイツがか、勝手に…』

『ええ!一輝は悪くない…。何も悪くないから…。大丈夫、何も考えないで。大丈夫だから、今楽にしてあげるから…全て忘れてもう一度…そのときまで』


『…さよなら、一輝』



ーーーーーーーーーー。



「はぁ…今日もダメだ。最近負けてばっかだよ、ホント」


火曜の昼間騒々しい店内で一人ボソッと呟く彼がこの作品の主人公 東山一輝とうやまかずき

大学を中退し、アルバイトをして食い繋いでいくスタイル。世間一般ではフリーターというものだろうか。


「何が激アツだよ…当たんねーなら出てくんなよな!!あーー、クソッ」


と言って目の前の台に渾身の一撃をお見舞いしてやりたいが、そんな勇気もなくその言葉は誰も聞こえないほど微かな独り言となっていた。

アルバイトまでの時間暇さえあればこうして娯楽に打ち込み続けて早3年。

何かに真剣に取り組むことのない人生を送り続けてきて、初めて刺激というなの迷路に迷い込んでしまった。それもそのはず。

何をやっても人並みにこなせてしまう。

自慢ではない。そんなつもりもない。でも、勉強もスポーツも人付き合いも特に難しいと感じたことがなかった。

天性の才能と言ったら聞こえはいいが所詮は宝の持ち腐れ程度。

本人にその自覚があればまだマシではあるが、これがどうしたものか周りがどうしようもなく下に見えているどうしようもない男だった。


「あー、もうバイトか。めんどくせぇ…」


そう言って店を出て愛車のトゥディーに跨がり決意を込めた表情で敵地へいざ行かんとする姿は勇者のそれ。

颯爽と原付を走らせバイト先へ向かっているときある人に意識を奪われた。

日中だというのにやけに薄暗い路地。建物の間にひっそりと存在する老婆。


噂に聞いたことがあった。謎の老婆の占い師。

仮に遭遇し、その老婆に占ってもらえると『未知の体験をする』

そう言われていたのを聞いたことがある。まるで都市伝説のような存在。

だが、実際に見たことがあるという人間に会ったこともなかったし、しょうもないネットの噂話だと思っていた。


「あれって噂の占い師?まさかな…」


疑うのは当たり前だった。そんな子どもの作り話のようなものを信じるなんてどうかしてる、あり得ない!!


老婆の前に立つ俺。


「え、っと、占ってもらえるんでしゅか?」


噛んだ。思っていた以上にこの出会いに緊張している自分が恥ずかしい。

相手は都市伝説、もしくはその模倣犯?なんだから。


「えぇ。もちろんですとも…」


歯切れの悪い言葉とともに承諾する老婆。

すると何かブツブツと話ながら漫画なんかで見るような水晶を見つめ始めた。


「うわぁ…胡散臭…」


言葉に出ていることに気がつき我に還る。

いけないいけないと冷静になり老婆の反応を伺った。すると


「ふぉっふぉっふぉっ。ずいぶんしょうもない人生を送っとるようじゃの」


うるせーよ。大きなお世話だ。


「刺激を求めておるようじゃの」

「なら安心せえ。お前さんはこの先人を救う。そんで同時に罪を背負うだろうよ。…間違えるでないぞ」


期待していた答えが返ってきたわけではない。だが、とても意味深だった。

人を救う?俺が?重たい荷物持った爺さん婆さんとかか?なんて考えていると



「おい、あ、あれ。一輝じゃね?」

「ど、どこ?」


どことなく聞き覚えのある声。脳裏によぎる記憶に躊躇したが恐る恐る振り返った。

そこにいたのは同じ大学に通っていたヨシハルとヨウイチ。

はっきり言おう。こいつらは「嫌い」だ。


「お前ら…」

「ひ、久しぶりだな!」

「何してんの?仕事休みなの?こんな昼すぎにこんなとこで」

「まぁ、なんだ、大学辞めてからどうよ?仕事とかさ?」

「…」

「えっと…し、就職とかほら。え、まさかしてないとか?」

「いやいや!それはないべ!さすがに失礼だろヨウイチ!」

「そうだよな!わりぃわりぃ!」

「…」

「え…実はホントにしてないとか?え?え?マジ?」

「…おいおい、んなわけねぇだろ?…い、今自営でやってんだよ。」

「自営?中退した奴が?」

「中退か…。まぁ、就職して誰かの下につくとか嫌でなホント」

「そんでま、ちょっとな。去年企業したばっかで小さい会社だけど…。ある意味お前らのお陰かもな。感謝なんかしないけどな」


静寂


「あ、あぁ、そうか。で、でも、ちゃんと充実してんだな。バイトでもしてしょうもない人生送ってんのかと思ったぜ」

「…」

「悪かったな、じゃ、もう行くわ」

「あぁ。じゃあな」


「『悪かったな』か。今じゃねーだろそれはよ…」


込み上げてくる感情を押し殺し、遠ざかっていく姿を見ていた。

今さら求めてもいない言葉が酷く引っ掛かったまま。さらには必要のない嘘までついてその場を終わらせた自分にも腹が立った。

あぁ、そうだ。空間に堪えられず放った嘘。

核心を突かれるのを逃げるための嘘。

今までずっとこうして生きてきた。仲間内でも顔色を伺ってばかりだった。

愛想ばかり振りまいていい奴を演じていた。

自分は何でもできる。周りにもそう言われ続けてきた上の自信やプライド。

そんなものは欺瞞でしかなかった。

挙げ句の果てにはこうしてフリーターになり、意味のない毎日を過ごしている。

自分で選んでこうなったわけではないが、このまま自分の将来を考えると身の毛もよだつ。俺の人生ってなんなんだろうと。


「俺…一体何してんだろ…」


後悔ばかりで無性に虚しさを感じていたが後の祭りだと諦め占い料を払おうと振り返る。


だが、そこには老婆の姿はなく、跡形もなく消えていた。




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