珈琲ルンバ

かもがわぶんこ

第1話 さっぱりエリート、ブルーマウンテン(青山悠人)


 彼女がスーツケースに思い出を詰め込んで部屋から出て行った。


2年続いた同棲だけど、彼女がそうしたいなら、そうさせてあげるのがベストと思っていたんだ。いつかそうなるだろうと、僕自身が前から薄々と気づいていた事だ。


 僕は物事にこだわりがなく、誰にでも話を合わせることができ、なおかつソフトなイメージを持たれている、でも。



僕は何かに対して「熱くなること」ができないんだ。



 商社マンの父と専業主婦の母との間に生まれた僕は、何不自由なく育ってきた。勉強もわりとでき、少しだけ家庭教師に習ったものの、予習復習で日本の最高学位の大学に入学して、今は父とは違う商社で働いている。



 スポーツもそこそこで、中学で水泳に没頭し、クラブの代表になれたものの、高校では代表になれなかった。挫折といえばそれくらいで、あとは何の苦もなく飄々と育ちクールと言われる僕になった。


だから彼女が去って行った時は、さらっと何も言わずに見送ってあげるのがいいと思い込んでいたんだ。



………



 それから僕は、会社で仕事のミスが続いた、こんなことは初めてだ。


 しばらくはその理由がわからなかった、手探りで答えの見つからない答えをさがしているうちに、僕の私生活のリズムが狂い始めた。


 仕事終わりの週末、慣れない居酒屋で安い酒を煽っていると、懐かしい曲が流れくる。それは、彼女が料理をしながら歌っていた鼻歌。


 僕は居酒屋の端っこで、情けなく、泣いた。泣いた。泣いた。

失ってしまったものの大きさにやっときづいたんだ、そして、それはもう手遅れだったのだと。………また泣いた。


僕は目を真っ赤に晴らして、酔った勢いで一度だけメールを送る。




「逢いたい、お願いだ、マイカ帰ってきてほしい!」



僕は生まれて初めて情けない自分を見つめている、そうだ、いつも彼女の言葉をさらっと上部だけしか聞いていなかった自分を責めた。


もっと真剣にマイカの話を声を聞いてあげるべきだったんだ!



居酒屋を後に4駅ほど歩いて思い出のつまったマンションまで帰る。


 空からチラチラと白いものが降ってくる、白い息がメガネをくもらせ、あっという間に東京は白い世界におおわれてしまった。


東京の温かい街灯のあかりをみていると。子供のころ母に読んでもらったマッチ売りの少女を思い出す。


少女が欲しかった思い出のように楽しかった毎日が、街灯に記憶とダブて蘇ってくる、帰らない時間。そう大切な思い出。



「やっぱり、返事はないか。そうだよね。」




マンションまで帰ってくるとエントランスは雪化粧している、

背中に靴の後を残して中央玄関を見上げると………。



女性が傘もささずに、雪をドレスのように纏って立っている。



「悠人、おかえり。」



玄関の街灯の下で、マイカが僕の帰りを待っていてくれたのだ。

僕は「きゅっ」と抱きしめた、冷えた耳に手を当ててそっと温めてあげている。



「ごめん、僕が君の言葉をもっと真剣に聞いてあげればよかった!もっと一生懸命になってあげれば、、、。」


「お酒飲んでるの?………私こそごめん、出て行っちゃって、未来がこわくなったの、本当の悠人が見えなくなっちゃって。」


「ごめんよ!もっとマイカの声を聞いたい!僕の声も伝えたい!」




白い雪がシンシンと降り積もり、東京の街の雑音を全部吸収し、聞こえるのは二人だけが話している声、静寂な時間の中で、僕は一番大切なものを掴み直すことができたんだ。



======================


ブルーマウンテン


ブルーマウンテンの特徴は、香りが非常に高く、繊細な味わいのために、他の香りの弱い豆とブレンドして使われることでコーヒーの味を引き上げることができる。限られた土地で、限られた量しか採れなく高価な豆として知られている。

産地はジャマイカで、豆はコーヒー界のエリートと言った所。



青山悠人


世間一般的にはハイスペックな男ゆえに、欲もなくさらっとしている。

エリート街道を進んでいたのだが、大切なものを失ってやっと自分の気持ちに対して真剣に向き合えるようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

珈琲ルンバ かもがわぶんこ @kamogawabunko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ