9-2
脚の治った吉永さんを連れて代々木公園を抜け出した。
葛城ちゃんには用事を言いつけて、席を外したすきに抜け出してきたのだ。
死に戻りに警護なんて要らないのさ。
というより、葛城ちゃんが一緒ではトイレに行くにも苦労するのだ。
四六時中張り付いていようとするんだもん。
後で葛城ちゃんが神大に叱られるかもしれないけど、今度会ったらよく謝っておこう。
入るときは厳重な警戒がなされていたけど、出る時はあっさりとゲートを開けてくれて何の問題もおきなかった。
「どうですか、脚の具合は?」
「おかげさまですっかり良くなったよ。これで狩りにも出られるというものさ」
いつもより明るい表情になった吉永さんは、自分の体を試すようにゆっくりと前蹴りや回し蹴りを放っている。
カッコいいな……。
「ほう! こうかの?」
エルナが見よう見まねで前蹴りをやってみるけど上手くいってない。
端的に言えば無様である。
俺以上に運動音痴だな……。
「軸足を軽く曲げるんだよ。そして蹴りを当てる場所はつま先じゃなくて、指の付け根のこの部分だ」
「ほほう」
「まずは膝をおへその辺りまで上げて、それから蹴りだす」
「こうかの?」
「だいぶ良くなってきたよ」
吉永さんの指導でましにはなりつつある。
「どれ……」
瓦礫の前に立ったエルナがゆっくりと息を吐き、気合と共に前蹴りを繰り出した。
「セイッ!」
轟音とともに崩れるコンクリート。
俺も吉永さんも開いた口が塞がらない。
「力が技を凌駕している極端な例だね……」
呟くように感想を絞り出した吉永さんが少しだけ悲しそうだった。
だけどこれで技が身に着いたらエルナはますます強くなりそうだ。
いっそ吉永さんに弟子入りするか?
「体を動かすというのも爽快なものなのじゃ。次はさっそく実践で使ってみるぞ。突きというのも教えてもらいたいのじゃが、よいかのぉ?」
人に空手の技を伝えるのは好きなのだろう。
吉永さんは嬉しそうにエルナに指導していた。
それにしても、今日のエルナはスカートをはいているので目を覆いかけたけど、下にちゃんとスパッツを履いていた。
安心したような残念なような……。
いや、スパッツだって体の線はくっきりとわかってしまう。
あのちっちゃいお尻が俺の腰に乗っているのか……。
いや、いかん、いかん!
そんな目つきで見るのは相棒に対して失礼というものだ。
「自分たちはこれから鍋島松濤公園というところに行かなければなりません。吉永さんを亀戸に送っていくのはその後になりますが許してください」
「いやいや、魔物の群れが来ているのは私も聞いたよ。反町君がそちらに行くのなら私にも何か手伝わせてくれ。小耳に挟んだのだけど新王は東大の駒場キャンパスに前線基地を置くみたいだぞ」
神大は各地のリーダーに協力を呼び掛けると言っていたけど、あそこなら集まってくるコミュの増援を収容できそうだな。
どれくらい集まるかはわからないが、後で差し入れでも持っていってやるか。
各地のリーダーに対して俺の宣伝にもなるだろう。
差し入れは大量に必要だろうから業務用スーパーのドドスコの会員になっておくことに決めた。
レベルを上げながら鍋島松濤公園へと急いだ。
レベル :15 → 16
弾数 :16発 → 16発
リロード:5秒 → 5秒
射程 :36メートル → 36メートル
威力 :28 → 28
命中補正:21% → 24%
モード :三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、??? →三点バースト、フルオート、デュアル・ウィルドゥ、???
今回は命中補正が上がっただけだけど、レベルの上昇速度は相変わらず軽快だ。
エルナが羨ましそうにしていたけど、俺が悪いわけじゃないから逆恨みはやめてほしい。
怖いんだよ、人外の力をもつ異世界美女は。
神様、俺の身の安全のためにも、早いところエルナのレベルを上げてやってください。
鍋島松濤公園が近づいてくると、人々の叫びと戦闘音らしきものが聞こえ始めた。
俺たちは顔を見合わせて走り出す。
間違いなく鍋島松濤コミュが魔物の襲撃を受けているのだ。
「打ち合わせ通り私と吉永師匠が近接戦闘を仕掛ける。寛二は私たちが囲まれないように援護を頼むのじゃ」
「了解した。ザコどもは俺が全部引き受けるから大物を頼む」
戦闘方法に関しては代々木から歩く途中で話し合ってある。
攻撃力が高い二人に大物を任せ、俺は二人が戦闘に集中できるように援護射撃をすることになっていた。
訓練をしている時間はなかったのでぶっつけ本番になるけど仕方がない。
最悪の場合は吉永さんだけ助かるように俺とエルナは立ち回るつもりでいる。
五階建てのビルの屋上から見ると、50匹くらいの魔物が防壁を挟んでコミュ側に戦闘を仕掛けているのが見えた。
魔物をよく観察すると大斧を持った牛頭が偉そうにしている。
筋骨隆々でいかにも強そうな魔物だ。
俺の魔弾丸だと弾かれてしまう気がするほど凶悪なオーラを放っていた。
「あれが親玉じゃろうな」
「そうだね。力比べならエルナも負けないとおもうけど、まともに戦うべきじゃなさそうだ」
「後ろから奇襲をかけるのが得策か……。師匠、槍を作ってほしいのじゃが」
「槍?」
「あそこに鉄製の街灯があるじゃろう。あれを師匠の『手刀』で斜めに切断してたもぉ」
「なるほど、承知した」
方針が決まると二人は階下へと駆けだす。
俺も魔物に見つからないように狙撃を開始した。
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