8-2

 葛城ちゃんは固唾かたずを呑んで縛り付けられたエルナを見つめていた。


「本当に大丈夫なんでしょうか?」

「俺たちを信じてくれ」


 エルナが死んでも死に戻るだけなんだけど、あいつが魔物にかじられる姿は俺だって見たくない。

いつでも飛び出せるように手をピストルの形にして待機している。

エルナが元の世界に帰りたいときは、俺が自分の脳天を撃ち抜けばいいだけのことだ。

それで、一緒に転移できる。

どうせ吹っ飛ぶのなら、魔法美少女よりも小デブのオッサンの頭の方がいくらかマシというものだ。

俺を構成する要素の30%は体脂肪だが、残りのなん%かは優しさで出来ているのさ。


 緊張しながら15分ほど待っていると、ついに魔物が現れた。

巨大なナメクジみたいな奴で、口の周りにウネウネうめく突起物が無数についている。

全体的に悪臭のする粘液で覆われており、人に嫌悪感を抱かせるような姿をしていた。


「反町殿!」

「まだだ、もう少し待って」


 魔物に対峙しているエルナのこめかみがピクピクとしている。

強気なエルナもおぞましいナメクジにはさすがに恐怖を感じているようだ。


「反町殿、奴の粘液に触れると火傷のような水膨れになってしまうのです。万が一にもエルナ殿の顔についたら大変なことになります!」


 ナメクジは真っ直ぐにエルナに向って這ってくる。

距離はもう10メートルもない。ここまでか。

俺は手に魔力を籠めながら、瓦礫の陰から飛び出した。


「さがれ、下郎ぉぉおおおおおおおおおおおお‼」


ブチッ!


 突然エルナが叫び、自由を奪っていたロープを引きちぎった。

ええええっ!? 

それ、アウトドアショップで買った耐荷重1000キロのクライミングロープなんですけど!?


「汚らわしき身にて、私に近づくでないわっ!」


 落ちていた瓦礫を持ち上げて、投げたぁ!? 

あれ、何キロあるんだよ? 

いや、キロじゃなくてトンのレベルか? 

ナメクジぺったんこ……。


「フー、フー……」

「エ、エルナさん、大丈夫?」


 エルナはしばらく肩で息をしていたが、やがて呼吸も落ち着き、表情も穏やかになっていった。


「どうやらスキルが発現したようだな」

「うむ。新たな力に目覚めたぞ。我がスキルの名は『剛力』じゃ」


 そのまんまかよ……。


「悪くないものだな、己の肉体のみを頼るというのも」

「魔法は?」

「ん? 魔法? ああ……やはり制限されたままのようじゃ。だが、今はそんなことより純粋なるパワーじゃ」


 宮廷魔術師長様が脳筋になった!?


「フンッ!」


 力試しとばかりにエルナが廃棄された軽自動車を持ち上げている。

強大な力に耐えられるように、細胞レベルで肉体も強化されているようだ。

もしかして、俺の魔弾丸マジックバレットも跳ね返すんじゃないのか? 

反射速度とか敏捷性は以前とあまり変わらないけど、とにかくパワーと防御力が桁違いにアップしていた。


「せっかくだから少しレベルアップをしたいのぉ」


 まだ強くなるの? 

でも気持ちはわかる。俺もそうだった。


「だったらさ、このまま亀戸コミュまで行かないか?」


 ボートのこともあるし、吉永さんたちにも会っておきたい。

ここからなら直線距離で10キロもないはずだ。

道の瓦礫は心配だけど、今のエルナならブルドーザーみたいに邪魔なものをどけてくれるだろう。

ブル・エルナとか呼んだら怒られるかな?


「ならば、魔物を狩りながら行ってみるかのぉ。なにか武器が欲しいところじゃが」

「とりあえずこれを持ってく?」


 レジをこじ開けるためのバールを渡すと、エルナはブンブンと片手で振り回していた。


「軽すぎなのじゃ。どこぞにタングステンの棒でも落ちていないかのぉ」


 タングステンは硬くて重い金属だけど、今のエルナなら余裕で振り回せるだろう。


「葛城ちゃんはどうする?」

「無論、お供いたします」


 普段の俺なら荒れ果てた道を重たい荷物を背負って歩くのは無理だっただろう。

だけど、今ならエルナが全部持ってくれる。

ますますダメ人間になっている気がするけど、俺は自分のおやつだけを持って歩き出した。


 アパートに戻って荷物を揃え、靖国通りを歩き出す。

散発的に魔物が出てくるが、そのすべてをエルナはバールで叩きのめしている。

敵の攻撃も強化された肉体が弾き返しているようだ。

だけど、肉体が鋼のように硬くなったというわけではない。

攻撃を受けても傷つかないだけで、肌のきめ細やかさや腕のぷにぷに感はそのままだった。


「なっ、ぜんぜん硬くないじゃろう?」


 強引に力こぶを俺に触らせてエルナははしゃいでいる。

そういう無防備さは困るんだよな……。

女の人に触れるのは美佐以来だから数年ぶりだ。

30オーバーのオッサンが小さな力こぶを触っただけで顔を赤くしてしまった……。

純情だよね……。


 日本武道館が見えてくるころになって、ようやくエルナのレベルも2に上がった。


「どう、なにか変化している?」

「うむ。今のところ単純にパワーが少し上がっただけのようじゃ」

「レベルが5になったら大きな変化があるかもしれないぞ。俺もそうだったから」

「ほほう、それは楽しみじゃ」


 エルナはどんどん無敵になっている気がするけど、俺の時よりは確実に成長が遅い。

レベルが一つ上がるのに、こんなに時間がかかったっけ?


「スキルによって成長速度に違いがあるのかな? 俺の時は魔物を一体倒しただけでレベルが上がったぞ」

「所有スキルによって成長の度合いは全然違いますよ。たとえば、私の『麻痺』は比較的成長が遅い方ですが、エルナ殿の『剛力』はさらに遅いみたいですね」


 葛城ちゃんによると、上級スキルになればなるほど成長に時間がかかるとのことだった。

神大の『覇王』はその典型らしい。

昔のロールプレイングゲームで、職業によって成長速度が違うという仕様があったけど、あれと同じことか。

ん? 

じゃあ、俺の『マジックガンナー』ってどうなんだ? 

けっこうポンポンレベルが上がっているんだけど……。

もしかして、低級スキル? 

そうではなくて、様々なオプションを次々とつけられる素晴らしいスキルなのだと信じたい! 

そうでありますように……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る