6-1 セカンドアタック
荒川へと歩きながら今後のことを考えた。
いっそ金を集めて、向こうの世界でモーターボートを買った方が早いという気もする。
ただ、買ったモーターボートをこの世界へ持ってこられるのだろうかという疑問も残る。
これまでは身につけた衣服、手に持った荷物、背負ったリュックなどは問題なく運べている。
自動車やバイクなどの乗り物も、乗った状態で時空魔法を使えば一緒に転移させることができるのだろうか?
それとも持ち上げていなければダメかな?
今度帰還したら、自転車あたりで実験してみるのがいいかもしれない。
問題はまだある。
資金集めがうまくいってボートが買え、うまいことこちらに持ってこられたとしても、俺には船を動かすことができないのだ。
ゴムボートとかなら船舶免許がなくてもいけそうな気もするけど、エンジン付きのものとなると重量がありそうだ。
錦糸町から荒川までの荒廃した道路を、徒歩で運ぶのは不可能だと思われる。
だったら新宿から10キロ圏内のお台場あたりで転移する方法もあるけど、ゴムボートで海を渡れるのか?
沖に出ないで海沿いに進めばいけそうだけど、海にだって魔物はいるかもしれない。
船を沈められたらその時点でやり直しとなってしまう。
エンジン付きのゴムボートって、いくらくらいするんだろう?
徹君にも、お菓子を持ってまた来るって言っちゃったしなぁ……。
やっぱり、亀戸で船を借りるのが手っ取り早い気がした。
もっともエルナが魔法で何とかしてくれるという可能性だって残されている。
とにかく、一度戻って彼女の知恵を借りるのが一番だろう。
そういう結論に達し、俺は考えを中断した。
レベルを上げながら荒川沿いを下ったけど、首都高7号線の橋も、その次の新大橋もどちらも渡ることはできなかった。
石田君から聞いていた通りだ。
遺棄されたボートがないかと探したけど、そんなものは影も形もない。
釣り船屋の看板があったから頑張って歩いたけど、桟橋には一艘の船も残されていなかった。
きっと誰かが乗って逃げたのだろう。
そのうちにお腹が空いてきた。
昨日の夜はジャガイモとスープだけ。
朝は塩をつけたキュウリが半分と、魔物の干し肉だけだったのだ。
このままでは死んでしまうわ!
そうなる前にさっさと死んで、あちらの世界に帰るか。
……ん?
なんか矛盾したことを言っている気がする。
まあいい。
少し緊張しながら俺は自分の指をくわえた。
空腹でおかしくなって幼児退行をおこしているわけではない。
確実に即死するために、指先を脳みそに向けて固定しているのだ。
そして3点バーストで
元の世界の錦糸町に戻って、すぐさま駅前の店に入り、ラーメンとチャーハンと唐揚げと餃子を食べた。
それでようやく落ち着いた。
食事が終わると今度はエルナに電話だ。
「あ、もしもし」
(どうした? もう帰ってきたのか)
俺は向こうで一泊してきたけど、エルナにとってはついさっき別れたばかりだもんな。
「うん、いろいろとみてきたよ。それで聞きたいんだけど、エルナって空を飛べる?」
(浮遊魔法か? 跳躍の補助とか、数秒間の浮遊くらいならできるが)
「う~ん、荒川を飛んで渡れるかな? 俺を持ち上げて」
(それは無理じゃと思うぞ。そもそもお主を持ち上げられぬ)
エルナは小柄だもんな。
「そっか、実は荒川にかかる橋が全部落ちててさ」
(それなら川の中に氷柱でも立ててみるか。飛び石のように渡ればなんとかなるじゃろう)
「おお、さすがは宮廷魔術師長。やるなぁ」
(褒めても、何も出ないぞ)
「いやいや、川を渡らせてくれるだけで十分だよ。それじゃあ、今から渋谷に行くから、帰りは夜になると思う」
(うむ。そうそう、洗濯機を使わせてもらったぞ)
「あいよ、何でも好きに使ってくれ。ただし、パソコンには触らないように」
(それはわかっておる。ついでにお主の物も洗濯しておいたぞ。これから掃除機を借りて掃除の予定じゃ)
なんか猛烈に恥ずかしい。
自分でちゃんと洗濯をしておけばよかった……。
それにしても、つくづく家庭的な王女様だ。
「なんか、悪いな」
(こちらは居候の身じゃ、気にするでない)
朗らかな挨拶を残してエルナは通話を終了した。
今回もお土産を買って帰ることにしよう。
錦糸町から電車を乗り継ぎ渋谷へと足を運んだ。
飯を待つ間にエンジン付きのゴムボートを検索してみたけど、ちゃんとした製品は30万円以上するということがわかったのだ。
現在の手持ちの現金では少々心許ない。
例えゴムボートを使わないにしても、資金集めは俺の基本的な行動原理だ。
あちらの倫子を探し当てることも大事だが、こちらの倫子の養育費も稼がなくてはならない。
そのためにも松濤公園の人々に、俺の話は事実であり、缶詰1個が10万円であることを知らしめなくてはならないのだ。
ついでに石田君と南さんのことも話しておくことにしよう。
渋谷で買い物を済ませてタクシーを使った。
重い荷物を持っての移動は大変だからね。
ついでに大きな登山用のザックも購入した。
「山登りですか?」
運転手さんが質問してくる。
恰好からして登山者に見えなくもないのだろう。
「まあ……」
「どちらの山に?」
興味津々で聞いてくるところをみると、この人も山登りが好きなのかもしれない。
でも、錦糸町に山なんてなかったからなぁ。
どう答えよう。
「マッターホルンです」
どんなところか知らないけれど、思いついた名前を言ってみた。
「それは……遠いところまで……」
それきり、運転手さんとの会話はなされなかった。
鍋島松濤公園には5分もかからずに到着した。
自分の付いた嘘で車内がこんなに重苦しい空気になるとは思わなかったよ。
やっぱり嘘はいけないね。
知り合いに食料を運んでいると、正直に言えばよかった。
公園近くの路上で魔導書を開いて、あちらの世界へ転移した。
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