4-1スキル発動

 エルナはアパートにまだ戻っていなかった。

スマートフォンを確認すると、知らない間にメッセージが届いている。


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無事に水晶を購入

今夜は調べものをするからネットカフェに泊まる

水晶が予想以上に安く買えたので、宿泊費はおつりで何とかなる

お金のことは心配無用

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 せっかく二人分の鍋の材料を買ったのだが無駄になってしまったな……。

料理を作るのも面倒になって、西日の射しこむ部屋でぼんやりとしてしまった。

ふいにスマートフォンが鳴って、美佐から動画が送られてきた。


「パパー、おそば作ったよー」


 小さなドンブリに盛られた可愛い天ぷら蕎麦を前に、倫子が嬉しそうに手を振っている。

盛り付けを手伝ったので、パパにも自慢したかったそうだ。

「上手に作れたね」と返信のメッセージを送ったら、急に侘しい気持ちになってしまった。


 エルナがいないから俺はこれから一人鍋だ。

話す相手もいないままテレビを見ながらの食事は切ない。

いっそ塚本さんを食事に招待しようかな? 

寂しくてそんな気持ちになってしまった。

食料の乏しい世界だから、小デブなオッサンの手料理だって喜んでくれるかもしれない。

鍋の材料もガスコンロも全部まとめて旅行用バッグに入れて運んでみるか。


 水すらない向こうの世界で調理はきびしい。

大体の用意はこちらでやってしまうことにした。


 大雑把に野菜を切ってタッパーに詰めていく。

豚肉は大きなパックを買ったから二人で食べても余裕だろう。

肉は多めにが俺の基本スタンスだ。


 ご飯はおにぎりを買ってあるけど、パッケージされたままじゃマズいよな。

塚本さんが来る前にお皿に移し替えてしまえばいいか。


 買ってきたものをすべて鞄に詰め込んで腕にかけた。

ずっしりとした重みで腕が痛いけど、長く運ぶわけじゃない。

食い物のための我慢なら得意なのだ。

魔導書を開いて異世界へと転移した。



 転移先の部屋は先日と全く変化がなかった。

確認してみたけど、ユニットバスの天井裏に隠した荷物も盗まれてはいない。

塚本さんはこの部屋に入ってこなかったようだ。


 既に薄暗くなっていたのでランタンの灯りをつけて持ってきた食料を取り出した。

土鍋に湯を沸かし、おにぎりを皿に並べていると遠慮がちに玄関がノックされた。

ドアスコープで確認すると、そこにいたのは槍を握りしめた塚本さんだ。


「いつの間に戻ってきたの? ぜんぜん気配を感じなかったんだけど」


 部屋の中に転移してくるんだから侵入の物音はしないよな。


「今帰ってきたばかりだよ。ちょうどよかった、塚本さんを呼びに行こうと思ったんだ」


「えっ、何か用?」


「晩ご飯に招待しようと思って」


「……意味がわかんないんだけど?」


 夕飯に招待するという文化は絶えて久しいのか?


「ディナーへのご招待だよ。ホームパーティー? なんでもいいから、まあ上がってよ」


 そう誘うと、塚本さんは怪訝な顔で土足のまま入ってきた。

いつ何時魔物に襲われてもいいようにとの用心だろう。

そういうふうに良心的に解釈しておく。


 まさか、俺に襲われるとは思ってないよな? 

言っておくけど、俺はナルシストのデブだ。

見た目はどうあれ、行いは美しくありたいと常々考えている。


「な……」


 食卓を見た塚本さんが、口をパクパクさせている姿は可愛かった。


「適当に座って」


 ガスコンロでは土鍋にお湯が沸いて、プカプカと昆布が泳いでいた。

すぐ横には切った野菜と豚肉が入ったタッパー、お取り皿、ポン酢の瓶などが並んでいる。

そして少し大き目のお皿には鮭やツナのおにぎりが整列していた。


「ど、ど、どいうことなの!?」


「まあ、いろいろあるんだよ。大人になると一人で晩飯を食うのが耐えられないほど孤独な夜とかさ……」


「そうじゃなくて、このご飯の数々よ!」


 ああ、そっち?


「こっちは豚肉のしゃぶしゃぶね。おにぎりは鮭と昆布だよ。どっちがどっちかわかんなくなっちゃったけど。それから、ポン酢しか持ってこなかったけど、もしかしてゴマダレ派だった? 俺もそうなんだけどあいにく切らしているのを忘れてて」


「そうじゃなくて! なんでこんな……」


 うまく言葉が出てこないようで塚本さんは口をつぐんでしまった。


「さっきも言ったけどいろいろあるんだよ」


 死に戻りの秘密を暴露するつもりはまだない。


「貴方のスキルに関係すること?」


「スキル……まあ、そんな感じ?」


 塚本さんは槍を握りしめたまま、探るように俺を見つめている。


「さあ、一緒に食べようよ。槍を握ったまんまじゃ箸も持てないぜ」


「本当に食べていいの?」


「もちろんだ」


「代償はなに? 私の体?」


 興味がないと言えば嘘になるが、娘の動画を見たばかりの父親はそんな気分にはなれないものだ。

俺はポケットからスマートフォンを取り出した。


「スマホ? バッテリーが残ってるの!?」


 質問には答えずに動画を再生した。


「パパー、おソバ作ったよー」


 再生された動画を見せながら説明する。


「こんなもんを見てしまったら、一人で食事をするのが辛くてね。せめて誰かの顔を見ながら食べたくなったんだ」


「貴方の娘さん?」


「ああ。俺は娘の行方を捜して旅をしている」


 塚本さんは俺と動画を何回も見比べた後に槍を置いた。


「貴方を信じるわ」


「ありがとう。さあ、座ってくれ!」


 鍋から立ち上る湯気が窓ガラスを濡らしている。

部屋の中はぽかぽかと温かいくらいだ。

槍を置いた塚本さんが革のジャケットを脱いで椅子の背にかけた。

ぴったりとした灰色のニットシャツが二つのメロンのようなふくらみをより強調していた。


 ごめん倫子。

男ってやつは、こんなときでも……。

パパはね、父親であると同時に男であって……。

心の中で言い訳をしながら、豚肉を鍋に投入した。

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