死に戻りのマジックガンナー 出稼ぎオッサン異世界記

長野文三郎

1-1エルナ・リッツの実験

 バイト終わりの解放感に浸りながら、新宿四丁目の交差点から三丁目方面へと歩いていた。

時刻は夕方で、ビルに切り取られた空が赤く色づいている。

三十過ぎのオッサンがヨレヨレのTシャツ姿でプラプラ歩いていても、気に留める者は誰もいない。

それが都会のいいところだ。

人情味が薄いと言えばそれまでだが、個人の領域に立ち入る人間は明治通りには珍しい。

俺みたいな人間にはそれが心地よかった。

愛想はよくても他人に干渉されるのは嫌いなのだ。

特に今は慣れないバイトで疲れ切っていて、誰かと会話を楽しむような気分ではない。

これでもう少し空気が綺麗なら他に望むこともないと思った。

お世辞にも美しい街とは言えないけれど、俺は自分の故郷を気に入っている。


 仕事に疲れた足を引きずりながらハンバーガー屋の前まで歩いてきた。

公共交通機関を使わないのは、小デブなりに健康に気を使ってのウォーキングが理由じゃない。

金がないだけだ。

アパートは都営新宿線に乗れば二駅でつく市ヶ谷だけど、歩けばそれなりの距離がある。

だけど、地下鉄は使えない。

わずか180円をケチるために1時間も犠牲にしなければならない状況に俺はある。

とにかく金がないのだ。


 食欲が暴走しないように、ハンバーガー屋の前では息を止めて歩いた。

なけなしの金を使うわけにはいかない。

煩悩退散! 

ポテトの匂いはあっちへ行けっ!


 速足で店の前を歩き切り、荒い息を吐いて呼吸を整える。

30歳を超えて何をやっているんだと自嘲してしまうよ。

滑稽さと哀しさの距離はいつだって近いから嫌になる。

ふと見ると、一人の外国人女性が青い目でこちらをジッと見ていることに気が付いた。

俺の奇行を見られたか⁉

フン、笑うなら笑ってくれ。

でも、通報だけはやめといてね。


 よく見れば、まだ10代くらいの女の子だった。

サラサラの金髪を頭の後ろで二つに結んでいる。

外国人にしては背が低くて、身長は150センチくらいしかなさそうだ。

肌は真っ白で、遠目にもかなりの美少女であることがわかった。

彼女は両手でクッキー缶くらいの箱を抱えているのだが、それには小さなパラボラアンテナのようなものがついていた。

何かのコスプレだろうか? 

職業柄、アニメなどもよくチェックするのだけど、そんなキャラクターに心当たりはなかった。

やけに俺を見つめてくるので、少し警戒してしまう。

俺に用なのか? 

三つの可能性が頭に浮かんだ。


1番、道を聞かれる。

2番、逆ナンからのパパ活……。

3番、宗教の勧誘


 1番はスマートフォンが普及している現代においては考えにくい。

じゃあ、2番か? 

売春は犯罪だぞ。

それに俺には金がない。

援助ならこちらがしてほしいくらいだ。

こんなみすぼらしいオッサンに声をかける女の子はいないだろう。

3番は……。


「卒爾(そつじ)ながら少々よろしいか?」


 3番の可能性を考える前に、やけに古風な日本語で話しかけられてしまった。

本当に外人か? 

相手が美少女なだけに、却って俺の警戒感は増す。

でも可愛い子に話しかけられて、無視しできるほど俺は冷たい人間じゃない。


「私の名前はエルナ・ウィッテヘン・ベロスンヘルム・リッツと申す」


 なんて? 

聞き取れたのはエルナ・リッツだけだ。


「何か用かな?」

「うむ。実はお主のような御仁を探していたのじゃ」


 じゃ? 

へんな喋り方だけど、まさか本当に逆ナン!? 

目の前の美少女にドギマギしてしまったが、彼女はクールな態度を崩さずに、手にした機械と俺を交互に見比べていた。


「お主の数値は最高値をたたき出しておる。正直、ここまでの人間がいるとは思わなんだぞ」


 なんの数値だろう? 

イケメン度や知能指数じゃないことは予測がつく。

戦闘力でないことも確かだ。

メタボ指数かな? 

それだったら高くはあっても最高ではないはずだ。

あくまでも俺は小デブだ。

そこのところは間違えないでほしい。

じゃあなんの数値だろう。

ダメ人間度合い?


「手間は取らせぬ故、暫時(ざんじ)つきあってくれぬか? ただでとは言わぬ。話を聞いてくれるだけで1万円。私の実験につき合ってくれたら、さらに5万円を支払おうではないか」


 俺がもらえるの? 

払うんじゃなくて? 

噂のパパ活とかじゃないよな? 


 普通ならそんな怪しい話に乗るわけがない。

美人局(つつもたせ)とかを疑うレベルの内容だ。

人気のない場所に連れていかれた瞬間に、怖いお兄さんが出てくるというパターンじゃないのか? 

恐ろしい憶測があとからあとから湧いてきたけど、今の俺にとって6万円は咽喉から手が出るほどに欲しい金でもある。

だって、明日は別れた奥さんに娘の養育費を支払う日なんだもん。

さもないと最愛の娘に会わせてもらえなくなってしまうのだ。

金を払わなければ、美佐は血も涙もない鬼になる。


 ひょっとしたらまともなバイトの話かもしれない……。


 ダメだとわかっていても人間は希望的観測に縋ってしまうものだ。

それに、目の前の少女は一見きつそうな性格に見えるが、悪人には見えなかった。

喋り方は変だけど。


「とりあえず話を聞くだけなら……」


 キャッチに捕まった女の子みたいに、俺はエルナ・リッツの後について手近な喫茶店に入った。

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