クルー・トゥ・ザ・ワールド
鉄人
エピソード1‐1
「そろそろ決めないとな…どうしよう」
開けた窓の隙間から吹いてくる風に心地よさを感じながら、アルフレッドは考えていた。自分の出自を恨んだことも数えきれないほどあった。ひたすらに光の見えない闇の中を進むように、がむしゃらになったこともあった。
そうやってしても、未だ答えは見つからない。
なぜ自分が生まれてきたのか。
何をすれば救われるのだろうか…
『アルフレッド・KB・ツヴァイヘルム』
それが俺の名前であり、生きる鎖となった名前。
ツヴァイヘルム王国の王族の一員として生を受けたこの身は、第一王子という存在でもあった。そして、俺には弟がいた。しかしその実、俺と弟は双子である。形式的には継承権において、俺の方が順位が上だ。ただ、たまたま先に生まれたのがこちらというだけのため、実際には同列に扱われることがほとんどだ。
さらに言えば、兄である俺よりも弟の方が王という立場に適した優秀さをもっているため、順当に行けば王位を継ぐのは弟であるというのが、専らの評判である。
弟は、勉学がとても良く出来、馬術や剣術、その他の武芸においても隙がない。その上見目麗しく、誰にでも優しい気さくな性格である。
昔、たまたま身分を隠して王都の街に出ていた弟に平民の老婆がぶつかってしまい、弟がよろけて転んでしまったことがある。そのとき、弟は少し足を擦りむいたのだが、周囲で隠れて護衛をしていた者たちが血相を変えて彼らがいる場所に集まり、弟の怪我を見た護衛たちが老婆を拘束してしまった。しかし、そこで弟は護衛たちに対して、
「おばあさんを解放してあげてください。僕がしっかり周りを注意して歩かなかったのが悪いのです」
と言った後、老婆に向き直って、
「おばあさん、大丈夫ですか?僕の不注意ですみませんでした。怪我などはありませんか?もしあれば遠慮なく言ってくださいね。すぐに治療させますので」
このように、完璧なまでの紳士的対応を披露してみせたのだ。これが当時、5歳の少年とも言えぬ年齢で行ったことなのだからすごい。流石に老婆は、治療に対しては恐れ多いということで断ったらしいが、そんな優しい王子の対応にむせび泣いたというのだから驚きである。
これを見ていた周りの民衆も同様に感動し、次の日には、王都中に第二王子の御心の慈悲深さは海よりも深く、その器は空よりも広いという噂が広まった。
こんな感じで、弟は国民に愛されている王子というわけだ。
一方で俺はというと、適当に生きているだけのだらけた王子と言うのが評判だ。同じ親から生まれたが、まず髪の色が違う。弟の髪は、太陽のように輝く金髪であるのに対し、俺の方は、暗殺者が使う闇夜に光る刃物のように鋭い印象を与える銀髪である。一応、王族の特徴である、光り輝くような髪の毛という点は一致している。
さらに違うのは、瞳の色である。父親に当たる国王と、その妻であり母親でもある王妃の両名は瞳の色が綺麗な藍色であるのに対し、弟は両親よりもさらに深い藍色であるが、俺の瞳の色は、右目が深い紅色、左目が碧色のオッドアイである。
かつての王族に嫁いできた者の中には碧色眼の者は多くいたことから、左目の色は分からなくもないが、宝石よりも紅い輝きを放つ右目は何がどうあっても説明がつかない。
さらに言えば、王族は固有の魔法を継承しており、この魔法は瞳の藍色が深いほど色濃く受け継がれるらしい。
つまりは、弟は王位を継承すべき要素を全て兼ね備えた完璧な人間ということだ。
それ自体は俺自身も確かにそう思うし、次の国王には弟がなるべきだと考えている。
コンコンと、扉を叩く音がする。
誰かが訪ねてきたみたいだ。
追い返す理由もないので、入室を許可する。
「入れ」
「失礼します。アルフレッド殿下、陛下がお呼びです。正装を着用し、謁見の間に赴くよう仰せつかっております」
扉を開けて部屋に入ってきた人物は、開口一番でそう告げる。
「ん?正装で?なんでまたそんな面倒なことを…」
国王とはいえ、自分の子どもと話すときには、常に形式張っている訳ではなく、家族としての会話も当然するのだが、正装で、さらには謁見の間に訪れるというのは頻繁にあることではない。
巻き込まれると大変な目に合うと分かりきっている事にわざわざ関わりたいとも思えない。
すると、俺のあからさまな態度に対して、
「だらだらしないの!早く行きなさいよ」
口やかましく言ってくる存在が、今しがた国王からの伝言をしに来た人物だ。名前は、エリシア・A・クロフォードといい、由緒正しきクロフォード家の令嬢である。顔立ちはとても整っており、腰まで伸ばした金細工のような品を放つ長い金髪、琥珀色の透き通るような瞳、そしてスラッとしたスタイルも相まって、世間や貴族の社交界の間では、金色の妖精と言われている。
人前では愛想よくしており、常にニコニコと笑顔を絶やさないが、そんな噂通りの面影など今は微塵も感じられない。
「次期国王即位は不確実な俺だが、一応これでも王族だよ?」
そう言い放ったのだが、
「そんなのアルには関係ないでしょ。今更幼馴染に気を遣うのも違和感しかないわ」
このように、どこ吹く風とばかりである。
「そんなんじゃ金色の妖精の名が泣くよ」
「ふん、そんなこと知らないわ。そもそも、誰かが勝手に名前を付けたからその呼び方が広まっているだけで、私から頼んでないし」
「ふむ、確かにそうなんだが…高嶺の花と言われているクロフォード家の令嬢がこれか」
「ん!私のことはクロフォードの娘じゃなくて、エリシアとして扱ってって言っているでしょ!」
どうやら怒らせてしまったようだ。
エリシアは、自分が貴族家の令嬢として見られることが好きではない。色々と彼女にも苦い経験があるのだろう。
このツヴァイヘルム王国は、特権階級として王族と貴族という区分があるが、貴族の間に公式的な家格の差はない。しかし、実際には、貴族の主たる人物の役職、その家がもつ資産や影響力によって、自然と階級の差が出来ているのだが、法的には等しく保証された同一の身分である。
「そうは言ってもね、エリシア、君は次期王妃の候補の1人なんだよ?これからの身の振り方を考えないと」
そんな貴族社会の中において、クロフォード家は歴史が長く、伝統があり、それ故にもっている影響力も絶大な貴族家の1つである。現在では、クロフォード家とその他4つの有力な貴族家を合わせて、俗称として、五大筆頭貴族家と呼ばれており、その次に六家と呼ばれる大きな影響力をもつ家がある。この筆頭貴族家などの序列は、役職によっても度々入れ替わっている。具体的には、国の官僚を統括し、王城内部の管理も行う宰相、国内政治をまとめる長官である内務大臣、他国との交渉を展開する外務大臣、司法を担い、裁判を執り行う法務大臣、国の軍を指揮する軍務大臣、これらが特に大きい権力をもつ国家の重席である。他にも様々な役職があり、近衛騎士団や国家魔導師といった特殊な権限をもつ役職も含まれる。
魔法を扱えるものは、王族以外では滅多に生まれず、比較的、貴族家の方が生まれやすい傾向ではあるが、それでも100人いたら2、3人といったところである。平民に至っては、1万人に1人くらいである。
「う〜!別にならなくていいもん!私には魔法があるし、いざとなったら国家魔導師になるから」
そうなのだ。エリシアは魔法持ちであり、しかもその実力はかなり高い。
そして、続けざまにエリシアは言う。
「そんなこと言ったら、アルは大丈夫なの?あんたのことだから王位はケヴィンに譲るんでしょ?」
「ああ、そのつもりだ」
「その後、何も巻き込まれずにのんびり過ごそうなんて考えているんでしょうけど、そうは周りがさせてくれないわ」
「それは分かっているよ。だから、色々と策は考えてある。いざとなったら国から出て行くだけさ」
この国にいくら貴族間の家格の差が無いとはいえ、一部の家に権力が集まることを面白くないと考える人間は必ず一定数存在する。そういった人間に担ぎ上げられて、王位継承争いに発展することをエリシアは危惧しているのだろう。
「この国が荒れるのは一番避けたいからな」
そう呟いて、エリシアの方を再び見ると、何故か緊張した面持ちをしていた。
俺は頭の中で疑問符を浮かべて、どう声を掛けようかと考えあぐねていると、エリシアが口を開いた。
「えっと、その、あのね、アル。もし行くところに困ったら…私と「アルフレッド殿下、儀礼用の正装の服をお持ちしました」欲しいな…なんて」
ところが、侍女が服を持ってきた旨を知らせに来たために、エリシアの言った内容が途中で抜けてしまった。
「すまないエリシア。よく聞こえなかったから、もう一回言ってくれないか?」
聞き直すと、エリシアは顔を赤くして、耳まで真っ赤にしながら、
「もう知らない!アルのバカ!」
そう言い残し、部屋から出て行ってしまった。
残された俺と侍女の間に気まずい空気が流れる。
しばらくして、侍女が話し掛けてくる。
「私、何かエリシア様を怒らせてしまったのでしょうか…?」
「気にするな。あれはいつもあんな感じだ」
返答はそれ以外に思いつかなかった。
そのあと、侍女がもって来た服に素早く着替えて、部屋を出た俺は、国王が待つ謁見の間へ向かうために無駄に長く横に広い廊下の中心を歩く。
高級な生地を用いた絨毯が敷かれていて、天井に飾られたシャンデリアが光る様はいかにも王族が住まう空間という感じだ。
しばらく歩いていると、途中で何人かの王城に勤めているのであろう人物とすれ違う。皆一様に立ち止まり、小さく礼をして去って行くのだが、その目には尊敬や崇拝の念というよりも、少しの恐怖が伴っているように感じられた。
そんな中でただ1人、俺に話しかけてくる人物がいた。
その人物は、この国では一番多い碧色の瞳と金色の髪で、王族の髪のように光り輝くような鮮やかさといった特徴はないが、少し長めに切り揃えられていて、清潔感がある。どちらかと言うと、俺よりもよっぽど高貴な印象を受ける男だ。
そいつはこちらを認識すると、手を挙げて駆け寄って来た。
「よっ、アルフレッド。今日は国王陛下に呼び出されたんだって?またなんかやったのか?」
王族である俺に対してこんなにラフに話しかけてくるやつはほとんどいない。それもそのはずで、下手をしたらこちらの気分次第で不敬罪として処罰されるかもしれないと考えたら、普通は誰も積極的に敬語を崩したりしないだろう。
「久しぶりだな、アレキサンダー。残念ながら俺は特に何もした覚えはないぞ」
「あらら、そうなの?いつも破天荒なお前にしては珍しいじゃないか」
「何を言っているんだ?俺ほど平穏を愛する人間は他にいないだろう。居たら教えて欲しいくらいだ」
軽く反論すると、アレキサンダーは肩を竦める。
「いやいや、お前ほどトラブルに巻き込まれる運命のやつを俺は見たことがないぜ、“紅蓮の王子様”」
「おい、その呼び方はここではやめておけ」
「ん〜?別に構わないさ。有象無象の戯言なんて気にしないから」
「そういう意味じゃない。俺が言いたいのは──」
「分かってるって。お前が心配しているような事にはならないように徹底している。今だって、ほら」
アレキサンダーがそう言って、俺たちの周囲を見る。そこには目に見えない壁が出来ている。
「ちゃんと防音機能付きの結界を張ってるよ」
「確かにそうなんだが、お前は油断すると何でも喋ってしまいそうだからな」
「ひどいな〜、そんなに信用していないんだ」
「実力は認めている。しかし、要らぬ妬み嫉みを買うと、いくら名家出身の貴族子女とはいえ、いつか痛い仕打ちが待っているかもしれんぞ」
「そうなったら、アルフレッドが何とかしてくれるでしょ?」
「ふっ、笑わせるな。王位を継げない、呪われた王子に期待してどうする?それを頼むならケヴィンにでもお願いしろ」
その言葉を最後に、俺は再び歩き出した。
後方でアレキサンダーが何かを言っているが、意識を切り替えた俺の耳には届かない。
「アルフレッド…、君こそが──」
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