第3話 ファルメアとククリアナ

 フォンデリアス伯爵家の令嬢、ファルメアはククリアナが『漆黒の魔女』と呼ばれる存在であることを知らない。本人は「魔法が得意なお姉さん」程度だと思っており、ククリアナがあえてそう思わせている事を分かっていない。

 ククリアナの正体を知っているのは、屋敷では伯爵本人と、執事長のモンミードだけである。


「ククリアナ、外で一緒にお茶を飲みましょう!」

 屋敷の窓を拭いていたところをファルメアに呼びかけられ、ククリアナは手を止めて喜んで返事をすると、さっさと雑巾を片付けて厨房へと走った。

 伯爵がファルメアに対する態度を見て「ファルメアは、ククリアナにとって妹か、娘か、恋人か」と尋ねた際に、「全てです」と即答した事がある。

 とにかく、ククリアナはファルメアが可愛くて仕方が無いらしい。それが分かっているのか、ファルメアもククリアナには壁を作らず、実の姉であるかのように慕っている。

 普通であれば使用人であるククリアナが、令嬢であるファルメアと並んで席に座り茶を飲むなど、到底許されるはずが無い。だが以前に、当のファルメアが何が何でもと押し通してからは、誰も文句を言う者が居なくなっていた。


「天気も良いし、香草の花が綺麗に咲いていたから、それを見ながらゆっくりしたくなっちゃってね」

 庭に出たファルメアは、隣を歩くククリアナに嬉しそうに話しかける。

「左様でございますか。お嬢様は色々な花がお好きですものね」

 魔女としての気だるい口調とは異なり、ファルメアに対しては落ち着いた雰囲気を漂わせた話し方をする。良く知らない者が両方の姿を見れば、人格が変わったかのように感じるかもしれない。

 庭にあったテーブルにを花が良く見える場所に動かすと、持って来たポットを指先から出した炎で暖める。その間に気付かれぬよう周囲を見渡し、不審な物が無いかを確認する。

「赤と白の花が交差して綺麗ですね」

「そうでしょう! ククリアナにも見て欲しかったの!」

 嬉しそうにファルメアが微笑む。

「そのお言葉を聞けば、庭師のエドベルも喜びますわ」

 湯が沸くと、茶を淹れ椅子に座る。そしてちょうど一口飲んだところで、誰かに呼ばれた。

「ククリアナさん、伯爵様がお呼びです。お嬢様のお茶のお仕事は私が代わります」

 駆け寄ってくるメイド長に、二人は不満たっぷりに膨れ面を向けた。


「御用でしょうか、伯爵様」

 ファルメアとの時間を邪魔され、ククリアナは不機嫌そうに伯爵の元へやって来た。

「ククリアナ、実はお前に頼みがあってな……」

「頼み……? 奥方様が亡くなってからはや一年、寂しさを紛らわせようと、遂に美人メイドである私めに夜伽の相手をせよと……。ああ……断れない私に、無理やりあんな事やこんな事を……」

 伯爵の言葉に被せ気味に言い、懐からハンカチを取り出して涙を拭う真似をする。

「いや、誰もそんな事は言っておらん……」

 伯爵は想定外の反応に、苦笑いしながら頭を押さえる。

「では、私めに女として魅力が無いと……用済み女は解雇すると、そう仰るのですね……ああ、なんて酷い……」

「だから、何故そうなる!」

 泣き崩れ膝を付くククリアナを見て、呆れながらも伯爵は言い返す事を忘れない。

「冗談で御座いますよ」

 けろっとした様子で立ち上がると、平時の表情に戻りハンカチを懐に戻す。ファルメアとの時間を邪魔された事に対する、嫌がらせのつもりだったのだろう。

 伯爵は小さくため息をつく。

「全く……。用というのはだな、先程グローダル伯爵から手紙が届いてな、ファルメアを息子の婚約者にと……」

「分かりました! その話をぶち壊して来ればいいんですね!」

 伯爵が言い終わらぬうちに、ククリアナは先程までと全く異なる饒舌な口調で答えると、これ見よがしに拳を握り締める。

「いや、そうではなく……」

「よりによってお嬢様に手を出そうだなんて、不届きにも程があります! このククリアナ、一命を賭して……」

「落ち着け!」

 大きな声で制止すると、伯爵は大きく息を吐き、ひと呼吸あける。

「ファルメアの事となると、見境が無くなるな……。大事にしてくれるのは有り難いが、多少は節度を持ってくれ」

「はぁーぃ……」

 少し落ち込んだように言って見せるが、内心何とも思っていないだろう事を、伯爵は知っている。

「その……グローダル伯爵ですが、かなりのやり手だという評判ですが……、特に……それ以外の噂を聞きませんが……?」

あまりの切り替えの早さに、伯爵は失笑を漏らす。

「……うむ、私もそこが気になっていてな。我が家とも多少の付き合いはあるのだが、婚約話を持ち出してきた真意も分からん。向こうに表に出ない何かがあるのかという事と、息子がどのような人物なのかを見てきて欲しいのだ。先方には、とりあえず返事は考えさせてくれと伝えておく」

「なんだ、つまらない……」

 頬を膨らませ不満げにそっぽを向く。ファルメアとの時間を邪魔されたかと思えば、他の領地で諜報活動をして来いと言われて嬉しいはずが無い。当然しばらくの間はファルメアに会うことも出来ない訳で、ククリアナにしてみれば何も良い事が無い。

「まあ、報酬は弾むから、よろしく頼むぞ……。私だって娘は可愛いからな」

「伯爵様の真意、伝わりました。ふふふふ……このククリアナ、必ずやこの件、破談にして見せましょう!」

「あ、いや、ちが……」

 伯爵が止める間もなく、ククリアナは机の上に置いてあった路銀を勝手に持って、部屋から飛び出して行った。

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