第二章 特殊スキルの開花予兆

開店準備とSランク剣士さん


「レモンのはちみつ漬けは、はちみつレモンとか、ホットレモネードとか、いろいろ使えるしほんと重宝するわね〜」


 ティーカップをかたりとソーサーに置いて、ルーリーはほうっと息をついた。

 冒険者ギルドの中にある喫茶店『銀のリボン』。

 まだ営業を開始していないがらんとした店内で、わたしたちは今試作中のメニューを机にいっぱい並べて、試食会をしていた。


「るうるう〜♪」


 ルルは迷宮の第一階層に群生する木苺のパイがお気に入りらしく、さっきからずっとハグハグとパイを頬張っている。

 ……カーバンクルって、こういうお砂糖とかいっぱい入ったもの、食べて大丈夫なのかな。


 この間ギルドマスターであるシモンに聞いてみたんだけど、カーバンクルは妖精みたいなものだから、本来は食べ物は食べないんだって。空気中に漂う魔力粒子というものを吸収して生活しているので、糞尿もしない。


「ルル、そんなにいっぱい食べて大丈夫?」


「る?」


「お腹壊すよ」


「るん」


 大丈夫!

 というように、ルルはしっぽをふるった。

 口の周りがジャムだらけだ。


 笑っていると、ダンがハンカチでルルの口周りを拭ってくれた。

 ルルはダンによく懐いているので、嬉しそうに鳴いて、その肩に駆け上る。

 ダンが太い指でルルの胸毛(?)を撫でてやると、ルルは目を細めて、きゅる〜っと気持ちよさそうに鳴いた。


「ケーキやちょっとしたスイーツなんかは他店から仕入れてくるものが多いけれど、飲み物や軽食は私たちが作ることになるから、できるだけ原価率は抑えないと……」


 今日は、メニューの最終調整の日。

 だけどプレオープンで様子を見て、徐々にメニューも変化させていくんだって。


 ケーキやパンなんかは他店から仕入れる物が多い。

 けれどパイは毎日ダンが手作りするんだって。

 中にいれる果物は、その日手に入ったものを使用するので、日替わりパイって感じになるらしい。

 あとは簡単な軽食だったり、スープだったり。

 人手が足りないときは、ダンのお兄さんがいる食堂の方から助っ人をよんでくるので、なんとか回りそう。喫茶スペース自体、小さいしね。


 飲み物もたくさんあるよ。

 コーヒーに紅茶。

 ココアにはマシュマロと、チョコレートを一欠乗せる。

 ホットアップルサイダーには、シナモンスティックを一つ。

 チャイと呼ばれる、紅茶にミルクを足した飲み物や、果肉入りのミックスジュースなんかもある。

(お酒はもちろんないよ!)


 はちみつレモンとホットレモネードに使う、レモンのはちみつ漬けは、ルーリーと一緒に、わたしが作った。

 っていっても、ただレモンを切って、瓶詰めにして、はちみつをいれただけだけど……。


「クーちゃん、このはちみつレモン、すごく美味しいわ。もう一杯おかわり!」


「はい」


 ガラス瓶から、レモン数切れと、蜂蜜をすくって、ティーカップへ。

 透明な硝子のポッドから、お湯を注いで、少し混ぜる。必要に応じて生姜も少し。

 たったこれだけだけど、体がぽかぽかして、美味しい。


「んー、美味しい……。それになんか、体の疲れが癒されていくような、そんな気がするわぁ」


 ルーリーは目を細めて、微笑んだ。


 ルーリーもダンも、わたしは簡単なことから手伝ってくれればいいと言われたから、まずはお皿洗いから始めることにした。

 今はこうやって落ち着いていられるけど、お客さんを前にしたら、お茶とかひっくり返しちゃいそうだもんね……。

 けれど何かあってはいけないから、ちゃんとメニューも一生懸命覚えておく。

 メモに飲み物の名前や値段を書き込んでいると、ルーリーはわたしのほっぺをちょん、とつついた。


「?」


「クーちゃんもたくさん食べていいのよ」


「へ?」


「私達なりの、元気になったお祝い」


 そう言って、ルーリーはニコッと笑う。


「メニューの練習がてらになっちゃって悪いけど。だけど私達なりの、歓迎の印よ」


「ルーリー……」


「クーちゃん、これから、よろしくね!」


 ダンも少し笑った。


「よろしく」


 なんか、胸がじぃんとした。

 目がうるっとしてしまう。

 こんな風に優しくしてもらったのは、いつぶりだろう?

 このギルドへ来てから、なんだかいろんな、とてもいい感情で心が満たされていく気がする。


「……ありがとうございます、二人とも」


「きゅーん」


 ルルも甲高い鳴き声を上げる。


「さあ、冷めないうちに食べちゃいましょ! ……ってあら、ルル、木苺のパイ、全部食べちゃったの!?」


「るう」


 ルルが首を引っ込めた。

 それがなんだか面白くて、私達は笑いあったのだった。


 ◆


「おーい、もう開店すんの?」


 わたしたちが試食と称して、わいわいと賑やかに食事をしていると、突然後ろから声がかかった。

 わたしはビクッとして、思わず振り返る。


 そこにいたのは、腰に剣を携えた、三十代くらいの男性だった。

 さらさらしたプラチナブロンドに、日によく焼けた小麦色の肌。

 背が高くて、スラッとしてみえるけれど、かなり鍛え上げられているみたいだ。

 タレ目がちで、かなりの美形だった。


「あ、ちょっとキリル! まだ開店してないんだから、入ってこないで。看板もClosedになってたでしょ?」


 ルーリーがこら〜っと怒った。

 どうやらこのキリルさんという人は、看板を無視して、こちらへやってきたらしい。


「いいじゃん、そんな事言うなよ。いい匂いするしさ〜」


 そう言って、キリルさんは椅子を引いてきて、なぜかわたしの隣へ座る。


「もう俺、この子のこと、ずっと気になって仕方なかったんだよなァ」


「へっ!?」


 わたし!?

 びっくりしていると、キリルさんは笑った。


「今、君のことでギルドはもちきりだぜ。可愛い獣人の女の子がいるって」


「そ、そんな……」


 可愛いなんて生まれて初めて言われた。

 やはりグランタニアでは、獣人がかなり珍しいのだろう。


「俺、キリルっていうの。ランクはSの凄腕剣士。よろしくな」


「あんたねぇ、お腹へったとかなんとか言って、どーせクーちゃん目当てなんでしょ?」


「へえ、クーちゃんっていうの?」


 にこにこ笑ってキリルさんが聞いてくるものだから、慌てて名前を答える。


「あ……クーナ、です」


 レイリアの姓まで言ってしまいそうになったけれど、すんでのところでこらえた。


「クーナちゃん。かわいい名前だなぁ」


「ったく、女好きなんだから」


「んー、俺、クーナちゃんだったら、一途になってもいいよ」


「クーナちゃん、このアホ、万人に言ってるからね、これ」


 ルーリーがそう言うと、キリルさんはニッと笑った。


「いんや、ほんとだって」


 すると、やりとりを見ていたダンが、トレイでぼんっとキリルさんの頭を叩いた。


「いてぇ!」


「うちの従業員に手を出すな」


「さすが我が夫! 頼もしいわね!」


 ルーリーが痛がるキリルさんを見て、からからと笑った。

 キリルさんは頭をさすって、ぶつくさ文句を言う。


「ったく。この国でも有名なこのキリル様にそんなことできんの、ここのギルドのやつだけだぞ」


 Sランクの冒険者……ってことは、最高ランクだ。

 冒険者にはS~Eまでのランク付けがされ、依頼もそれに合わせて、難易度が割り振られる。

 冒険者たちは自分の一つ上のランクの依頼か、ランク以下の依頼しか受けることができない。それは生存率をあげるための制度なのだそうだ。

 その制度のおかげで、今では冒険者の死亡率がぐっと下がったのだという。


 キリルさんはかなりすごい人なのだろう。


「ねーえ、クーナちゃん」


「は、はい?」


「クーナちゃんが給仕してくれんの? おにーさん、それだったら毎日通っちゃうなァ」


「えっ、と、とんでもないですっ!」


 わたしは慌てて首を振った。


「わたし、お皿洗い係です!」


「皿洗い!? なんで!?」


「だ、だってわたし……」


 獣人だし、といいそうになって、ぐっとこらえた。

 ここでは、そうやって自分を卑下することは、他の亜人も卑下していることと同じに捉えられてしまうので、やめたほうがいいと教えてもらった。

 

 おどおどしていると、今度がルーリーがキリルさんの頭をぼんっと叩いた。


「いってぇ!」


「クーちゃんには、まずは簡単な仕事をやってもらうの! 私達で決めたことですから、文句は言わせません!」


「ええー……俺、クーナちゃんに給仕してもらいてェ……」


「きもいこと言ってないで、さっさと依頼でも受けてきて頂戴! あんた、Sランクなのにふらふらほっつき歩いて! まぁたシモンが中央ギルドから文句言われるんだから!」


「へいへい。じゃーこれだけ飲ませて」


 喉乾いちまった、と言って、キリルさんはルーリーのカップを奪って、中身をごくごくと飲んだ。


「あーっ! ちょっとキリルのばかっ! せっかくクーちゃんがいれてくれたのに!」


「んー」


 ぺろりと唇を舐めたキリルさんは、ふと真顔になった。


「……んん?」


 わたしは思わず身構える。

 ま、まずかったのかな……。


 キリルさんはふっと真顔になった。


「クーナちゃん、これ、なんかしたか?」


「え?」


「んー……」


 キリルさんはふと思案顔になった。

 けれどすぐに笑顔を取り戻す。


「……いんや、なんでもねぇわ。気のせいか。うまかったよ、すごく」


 それだけ言うと、キリルさんは立ち上がる。


「クーナちゃん」


「は、はい」


「今度お兄さんとデートしような」


 ぱちっと、キリルさんはウィンクした。

 うわぁ……あんな風に綺麗なウィンクをする人、初めて見た!


「はいはい、しなくていいからね〜」


 ルーリーは、キリルさんを押して、外へ追い出してしまったのだった。



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