カタワレをさがして ~ Extra ~

矢田川いつき

些細な懸念


 俺の通う高校には、バレンタイン・デーだけに起こる七不思議がある。


 その名も――下駄箱のカタワレチョコ。


 んなバカな。七不思議なんて、所詮は噂だろ。

 多くの生徒がそう思っているだろうし、事実俺もそう


 あの日。新雪が路上に輝くバレンタイン・デーの早朝に、俺の下駄箱で真っ白な片割れのホワイトチョコレートを見るまでは。



    *



「蔵本お疲れ! いや~、サーキットトレーニング五セットは疲れたな~」


 掲示板に張り出された生徒会新聞を見ていると、陽気な声が聞こえてきた。


「おう。お疲れ、菊池。そう言ってる割には、まだいけそうな顔してんな」


 同じ部活の友達――菊池浩太きくちこうたに向かって、俺は笑いかける。

 中途半端に伸びた髪に、切れ長の目。ほっそりとした顔立ちに似合わない、筋肉質な体つき。ともすれば、「怖い」という印象を持ちそうな見た目とは裏腹に、性格は至って明るく、控えめに言ってバカだ。

 そんな見た目性格ギャップマンは、俺の言葉に細い目を見張った。


「冗談きついって。これ以上やったらリバースだよ、リバース」


 大げさに口から物を吐き出す仕草をする菊池。その動作はとにかく大仰で、なんか面白い。お笑い芸人とか目指せばいいのにと、割と本気で思ったりもする。

 菊池は、部活が同じなだけでなく、クラスも同じだ。というか、小学校も中学校も同じで、住んでる町も同じ。文字通りの、腐れ縁。だからだろうか。時々、無性にこいつをからかいたくなる。


「まぁ、明日は土曜練で時間が長いプラス、さらにきついミドルトレーニングらしいから、現実になるかもな」


「は⁉ マジで⁉」


 ついさっき部長から聞いたホクホクの地獄ニュースを伝えると、菊池はより一層大きな動きをして飛び退いた。……多分これは、素なんだろうけど。


「ホントホント。特に菊池。お前は今日のプランクで手を抜いていたからセット数プラスだって」


 これはうそ。というか、今日は顧問とマネージャーは次の記録会の打ち合わせで練習にはいなかったから、わかるわけがない。


「うえぇっ⁉ うそだろぉ⁉」


「お、さすが。うそだってわかってんじゃん」


「俺の巧妙な手抜きがどうして……。プランクが苦手だからか……? くそぉ、ならもっと鍛えて手抜きがバレないくらいプランク上手くなってやる……」


 俺の言葉が聞こえていないようで、菊池は何やらよくわからないことをぶつぶつとつぶやいている。うん。やっぱりこいつ、アホだな。


「おい、菊池。俺の冗談だから、マジになるなって」


「はぁ⁉ てめぇ! ……あ、てことは、ミドルトレーニングも?」


「いや、それはホント」


「えぇ……マジかぁ……。俺の人生も、ここまでかぁ……」


 ガックリ。という擬音がぴったりはまりそうな勢いで、菊池はうなだれた。

 やっぱりこいつ面白いわ。

 ミドルトレーニング以上の懸念がある俺にとっては、明日の練習メニューなどさほど問題ではない。気を紛らわすためにも、部活後の今くらいはこやつをからかっても許されるだろう。


「……でも、お前はいいよな。死んでも骨を拾ってくれる彼女がいてさ」


 その時。攻撃を受け続けていた菊池が一転、攻勢になった。


「いいよなぁ~。バレンタイン・デーの放課後に、夕焼けが映える屋上で好きだった女子から告白されるとかさぁ~」


「お、おい」


「さらに、『手作りチョコレートで、これがすっごく美味かったんだよ~!』だっけ?」


 得意の動作芸に、俺の声真似。

 一ヶ月前。告白された嬉しさのあまり、こいつに話してしまった俺をぶん殴りたい。


「しかも、その後の土日には早速手繋ぎデートなんかしちゃってさ~。はぁーお熱いことで~」


「う、うるせーよ!」


 今年のバレンタイン・デーの翌日と翌々日は土日で、つまり休日。そりゃ、恋人になったらデートの一つや二つしたい。……でも。どうして初デート中のショッピングモールで、こいつと鉢合わせしなければならないのか。


「そういや、お前は他にもチョコもらってたっけ? チラッとしか見えなかったけど、あの白っぽいやつ。いいよな~。はぁー……、なんでお前だけなんだー!」


 彼の悪気ない言葉に、ピクリと手が震えた。


「つか、明日はホワイト・デーだよな。どうせ、部活後に会う約束でもしてんだろ? くぅ~~この裏切り者めっ!」


 菊池は一方的に叫ぶと、そのまま生徒玄関へと走っていった。


「ホワイト・デー、か」


 もう一度、生徒会新聞の方へと目をやる。そこには、一際大きなフォントで『下駄箱のカタワレチョコの真実に迫る!』の文字が。


「まぁ、大丈夫……だろ」


 一抹の期待と不安が入り混じった気持ちを抱えて、俺は菊池のあとを追った。

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