大詐欺師 高見半次の回顧録

@Teturo

大詐欺師登場!

第1章 命の値段

第1話 これが最後かねぇ



 ……アタシもヤキが回ったもんだねぇ。


 高見 半次たかみ はんじは硬いベッドの上で、臍を噛んでいた。清潔だが味気ない白いシーツに、鉄格子の入った小さな窓。天井で回る扇風機は、陰気な空気を無意味に掻き回している。


 この世で最も療養に向かない病院は、彼がガッチリと拘束されている、この警察病院だろう。運が悪ければ、ここで死んでしまうし、運良く生き残っても牢獄行きだ。大東亜戦争を生き抜いたってのに、全くツイていない。

 逮捕されてからの尋問にも、適当な事ばかり言っていたから、この点滴にも自白剤か何かが混じっているかもしれないねぇ。


 半次は空咳を打った。少し力を入れて咳をすると胸が痛む。真紅の血を吐くようになったのは、一ヶ月前からだ。だんだんと体力が落ちるし、自分の身体が縮んで行くのが分かるようだ。しかし気分が暗くなるのは、彼の体調不良が主原因ではない。


 ベッドの横に自分を逮捕した亀井警部と、見慣れない青年医師が立っている事が、更に半次の気持ちを暗くしているのだ。

「……ドロ亀がアタシに、何の用だぃ?」

 捜査では容疑者に対してスッポンの様に、喰い付いたら放さない事で有名な警部。彼は片眉を引き上がると、ヒョイと肩を竦めて見せる。


 終戦で復員するまで、海軍にいたと言っていた。一見すると下町の大工の様な風貌をしているくせに、そういうバタ臭い仕草が似合う、変わった男ではある。背が高く痩身で見栄えの良い半次とは対照的で、捕まって二人で歩いている時、亀井の方が犯人に間違えられていた位だ。


「高見半次さんですね?」


 亀井の横を通った青年は、半次の前に進み出た。医者にしては少々、年齢が若く見える。育ちの良さそうな風貌にパリッとした白衣。ひょっとしたら帝大の医学生かも知れない。

「あなたは中華民国二十六年(西暦1937年)、上海におられましたね?」

「……変わったことを聞く御仁だねぇ。この死にかけから、何を聞き出そうってんだい。言っておくが、アタシは騙し取ったお宝を残しておく様な、ケチな詐欺師じゃあないんだよ?」


 青年の言葉を聞いて、半次の濁った瞳に光が灯る。半死半生な彼の何かのスイッチが入ったようだ。半白頭を起こすと、ベッドの上で苦労して態勢を整えようとする。慌てて手を貸そうとする、医学生を押し除け自力で上半身を固定した。


 若い頃はいかにも色男であったろう風貌は、年月を経てもその片鱗を残している。強かな表情を浮かべた半次は、いつの間にか微笑を浮かべていた。



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