68:清算

 ヴィラとイズミ、リオはそれぞれ箒に乗って空を飛んでいた。ヴィラの後ろにはシェラルド、イズミの後ろにはクライヴが乗っている。目指す先は森。シェラルドが持つ指輪が差す光に向かっていた。


 アンネは城で待機。エダンはまだ倒れたままだ。ある意味一人で城に残るアンネをヴィラは気にかけていたが「待っている人がいた方が帰りやすいでしょう?」と彼女は優しく微笑んでいた。


 馬や馬車より箒で移動した方が早い。そう判断したのはヴィラだ。空を飛ぶことはそれなりに魔力を使う。だがヴィラとイズミはできると即答した。それなりに魔力があり、魔法兵としてのプライドもある。何より仲間であるフィーベルを救いたい一心だろう。


 イズミが後ろを気遣う。


「殿下、寒くないですか」

「大丈夫だよ。着込んでいるし」


 箒に乗ることで馬より早く進むことはできるものの、その分風の影響を受けやすい。特に王子のクライヴは基本馬車の移動なので、箒の移動は初めてではないだろうか。それでも余裕そうだ。


「……王子自ら行くとはね」


 リオは信じられないものを見るような声色になる。


 彼は各国を渡り歩いているので道に詳しい。ユギニスが連れて行くといい、と同行させたのだ。リオ自身はフィーベルを移動させた負い目を感じるのか、少しだけ複雑そうな顔をしていた。


 だがそんなこと、シェラルドも含め周りは咎めなかった。彼が傭兵で、命令されたことを行うのが仕事であると知っているからだろう。


「振り落とされないように気をつけてよ」


 ヴィラが後ろのシェラルドに伝える。


 フィーベル奪還のため、遠慮はしない。振り落としても拾わない、という意志の表れでもある。現に今も、かなりのスピードで進んでいる。それだけ真剣ということだ。シェラルドは「ああ」と返事をした。




 フィーベルがいなくなったと知った時は愕然としたが、シェラルドは落ち着いて状況を確認した。そして自身の指輪を見る。


 事前にルカから教えてもらったことがある。二人を繋ぐ物として、例え離れても互いの場所、声を届けてくれると。だからシェラルドは慎重に、フィーベルはどこにいるのか問いかけた。すると指輪は即座に光り、線のように遠くを示した。それが森の奥だった。


 フィーベルの声が聞こえてどれだけほっとしたか。これほどルカに感謝したくなったことはない。フィーベルは無事だった。と同時に、ユナが強硬手段を取ったことも知る。彼女が己の願いを吐き出した後、もう声を聞くことはできなかった。


 その後のシェラルドは早かった。


 ユギニスの元に行けばそこにはクライヴも揃っていて、状況を即座に説明した。案外二人とも動じなかったが、それはこのことを予想していたのだろうか。だがそんなことはどうでもよく、とにかくフィーベルに会いたかった。


 その気持ちが伝わったのか、ユギニスは神妙な面持ちになった。すると優しく、クライヴが彼の名前を呼ぶ。いつもの柔らかい笑みを浮かべながら、


『後は任せてください』


 ただそれだけ伝えていた。




 順調に森まで進み、指輪の光が下を差す。

 シェラルド達は箒から降りた。


 程なくすると指輪を見つける。チェーンが絡まった状態だが、特に傷もなく綺麗なままだった。持ち主がいなくなった状態であるのに、指輪はほんのり赤い光を発している。シェラルドは思わずぎゅっと握った。


 しばらく森の中を歩いてみるが、誰とも出会わない。確か森に住む民族がいるはずだが、いる気配もない。もしかしてフィーベル達も会っていないのだろうか。と、思いながらもどんどん進んでいく。


 だが、徐々に足が止まった。


「なんだか……」


 ヴィラが怪訝そうな声を出す。

 イズミも頷いた。


「同じところをずっと回っている気がします」

「くそ……急いでる時に」


 シェラルドは思わず苛立った声になる。


 フィーベルの指輪が手元にある以上、彼女が今どこにいるのか分からない。わざわざ箒で来たのは早く追いつくためなのに。手荒な真似はされていないと思うが、早くこの森を抜け出さなくては。


 するとクライヴがそっと肩に手を置いてくる。

 落ち着いた様子で笑いかけてきた。


「大丈夫だよ」


 安心させる、心地よい声色に表情。


 こんな時であるのに絶対的に信じられると感じるのは、普段からここぞという姿を、的確な判断を、臣下達に見せているからだろう。誰よりも国のことを、人のことをよく考え、行動に示してくれる。だからこの王子のことを信じられるのだ。


 クライヴは後ろにいるリオに目を向ける。リオはぎょっとしていたが、しばらくして諦めたように息を吐いた。


「これはラウラの魔法だ」


 ヴィラが前のめりに聞く。


「てことは幻覚? 同じところを見せてるってこと?」

「おそらくね」

「なんでそんなこと」

「足止めでしょ。こうやって俺達が追うの分かってて準備してたんだよ」

「そこまで分かってたならなんでもっと早く言ってくれないの!?」


 さっきから歩いても進んでいる気がしないわけだ。箒に乗ったことで魔力と体力を使っている。少しでも温存しておきたいのが本音だ。


 リオは顔をしかめた。


「俺どっちの国の味方でもないし」

「面倒くさいな傭兵って」

「うるさいよ」


 クライヴがくすくすと笑う。


「まぁまぁ。それでリオ、もちろんここから出る方法はあるんだよね?」

「……いい笑顔で圧かけてくるな」

「君の能力はすごいからね」


 器用にウインクを返していた。

 嫌味を嫌味と受け取っていない。


 リオは相手の魔法の波動を感じ、どれくらいの魔力があるのか、どんな魔法が使えるのか分かるようだ。国を巡っている間に身につけた術のようだが、そんなことまで分かる人は珍しい。クライヴからの期待の眼差しを受けたからか、リオは一度息を吐いて解決策を提示してくれる。


「幻覚は基本、触れたらすぐに魔法が解ける。けど今回は範囲が広い。『核』となるものに触れないと解けない。今回の核は、おそらくラウラ自身だ」

「つまり、この広くて果てしない森の中からラウラさんを探さないといけないってわけか……」


 ヴィラは改めて辺りを見渡す。

 すぐに嫌そうな顔になった。


「こんな広い中どうやって見つけるの?」

「お得意の風の魔法を放ってみたら?」


 リオは半眼になりながら言う。若干馬鹿にされたような気もするが、それもそうか、と納得したヴィラは早速「強風」の魔法を放ってみる。すると木々が大きく揺れ、その音が全体に広がった。なかなかにうるさい。その場にいた者達は思わず耳を塞いでいた。


 辺りを揺らすほどの風の威力。それは凄まじいが、肝心のラウラの姿は見えない。気配も感じられない。


「いないじゃんっ!」


 地団駄を踏むようにヴィラが文句を言う。そこそこ大きい魔法も使ったのにだろうか。シェラルドは呆れながら「落ち着け」と声をかける。先程までシェラルドの方が苛立っていたが、自分より感情が爆発しているヴィラを見ていると逆に冷静になってくる。


 すると急に、がさがさと茂みが揺れた。


 全員がぱっとそちらに目を向けると、いつの間にか長身の男性が立っていた。亜麻色の髪に赤い瞳。全身を隠す格好。シェラルドとミズノはクライヴの前に立つ。相手に警戒心はなくても、王子は守らなければならない。


「……君達は?」


 相手から声をかけてくる。

 慎重に問いかけてきた。


 するとすっと、クライヴが前に出た。


「はじめまして。イントリックス王国から参りました、第一王子のクライヴ・イントリアンスと申します。彼らは私の部下です」


 敵意がないことを示すためにわざわざ前に出たのだろう。相手は黙る。その瞳は、なぜ遠方の国の者がここに、とでも言いたげな様子だった。


 クライヴは柔らかく微笑む。


「あなたはもしや、ベルガモット殿では?」

「「「!?」」」


 相手だけでなく、シェラルド達も目を見開いてクライヴを見る。当の本人はいつも通り朗らか笑みを浮かべていた。相手の出方を待っていると、男性はしばらくしてからゆっくり口を開く。


「……そうだが、なぜ名前を」

「教えて下さった方がいるんです。霧の民を束ねる長であり、とても素敵な人であると」

「…………」

「フィーベルには会いましたか?」

「っ、君もアルトダストの差金か?」

「ということは、ユナ殿とフィーベルに出会ったのですね」


 クライヴは顎に手を添えた。

 予想通りであったかのように。


 ベルガモットは眉を寄せる。


「どういうことだ」

「私達は二人を追っているのです。何か聞いていませんか?」

「……教える義理はない」


 初対面でどういう人物か分からないからそう言ったのだろう。彼の判断は正しい。シェラルドも逆の立場であればおそらく同じことを言ったと思う。だがフィーベルに会うためにも情報は欲しい。なんとかできないか、と考えている間に、クライヴはあっさり言い放った。


「私がフィーベルを保護しました。フィオ様から頼まれて」


(……フィオ様?)


 聞いたことがない名前だ。シェラルド以外の面子も同じように微妙な顔をしている。ただベルガモットだけが、先程よりも驚いたような顔になっている。ということは、彼はそのフィオ、と呼ばれる人物を知っているのだろう。


 クライヴがフィーベルを保護したのは、その人物から頼まれたということを初めて知る。少しずつ明らかになるフィーベルの秘密に、シェラルドは思わず喉を鳴らす。


 ベルガモットはしばらく静かだったが「……フリーティング王国に行くと聞いた」と呟く。それに対しクライヴは「やはりそうですか」と答えていた。


 他の者達はただ顔を見合わせることしかできない。

 おそらくこれは、この二人にしか分からない話だ。


「私達はこの森を抜けてフリーティング王国に向かいます。ただ、幻覚の魔法が使われているようで、森から出ることができないのです」

「……だからか。先程から仲間に会えないと思っていた」


 どうやらベルガモットもこの幻術に惑わされていたらしい。ずっと歩いても同じところに出てしまい、誰にも会えなかったと。そんな中でヴィラの強風の魔法を目の当たりにし、ここまで来たようだ。


「隊長の魔法のおかげですね」

「魔力使ったのも無駄じゃなかった」


 イズミのフォローにヴィラもにこっと笑う。こうして互いに会うことができたのは間違いなくヴィラのおかげだろう。クライヴも「お手柄だね」と微笑んでいた。


「それで、ここから出る方法だが」


 ベルガモットの言葉にリオが「ああそれなら、」と説明しようとする。だがそれよりも先に彼は手を前に出した。


ミスト


 一瞬で辺り一面、霧の世界を生み出す。


 両手を外に広げたと思えば、一気に霧が外側に移動した。するとぴしっ、と森に亀裂が入る。まるで鏡が割れたかのように森の風景、正しくはがバラバラに壊れ、本来の森の場所へと出ていた。


 一気に変わった景色、基、本来の森であろう姿が目の前に広がり、クライヴ以外は呆気に取られる顔をする。するとすぐ近くにラウラの姿があった。


「あら……思ったよりお早いお帰りですね」


 顎に手を添えて困ったような表情になっている。ヴィラは「ラウラさんっ……」と呼びながら少しだけ警戒する。イズミとシェラルドもだ。だが相手はにこっと笑いながら両手を上にした。


「降参ですわ」

「へっ?」

「元々私は時間稼ぎのためにここにいました。大きい魔法を使ってしまって、ほとんど魔力も残っておりませんわ」


 ラウラはちらっとリオを見る。


「確かに……魔力があまり感じられない」


 彼女はフィーベルの幻覚を作り、フィーベル自身に夢を見させた。その後すぐこの大きな世界を作ったのなら、それなりの魔力を消費する。途中リオの魔力を吸ったものの、それでも魔力は相当使っているだろう。今のラウラに敵意は感じられない。元々足止めするだけで、完全に止めるつもりはなかったようだ。


「行こう。ここからではまだ距離がある。馬を使った方が速いが」


 ベルガモットが提案する。どうやら彼もフリーティング王国へ向かうつもりらしい。するとヴィラは、クライヴと目を合わせる。上を指差した。




「……空の移動か。あまりしないな」

「自然の中で暮らしているから?」


 ベルガモットが不思議そうに言うと、彼を乗せているリオが聞く。他のメンバーは行きと同じ箒に乗っている。ベルガモットも魔法は使えるが、あまり箒を使ったことがないらしく、ならば人の後ろに乗った方がいいだろうということになった。


「そうだな。後は無駄に魔力を使いたくない」

「何かあった時に対処しにくいもんね」

「よく分かったな」

「俺も色んな国に行ったことがあるから」

「……伝令なのか?」

「え、あ、そう。にしてもさっきの魔法すごかった」


 思わずぎくっとする。


 先程クライヴから部下であると説明れていたことをすっかり忘れていた。本当は傭兵で二つの国から雇われているなど、この際言わなくていいだろう。あえて話題を変えたが、元々気になっていたのもある。ベルガモットの魔法は、普通の魔法使いと違う。


 魔力が強い者は放つ魔法も強い。


 のだが、ベルガモットは魔力の強さが分からない。正確には、のだ。そんなことができるのは、ずば抜けて魔力のコントロールがいいからだろう。それだけでなく、ラウラの幻術の世界をあっさり壊した。まるで鏡を割ったかのように。霧の魔法であそこまでできるとは。なかなか強者であることを窺わせる。


 リオの賞賛に、彼は微妙な声を出す。


「……鍛えた。昔はろくに使えなかったよ」

「え、本当に?」

「そう言ってもらえるなら、鍛えた甲斐があったな」


 今度は苦笑された。

 思ったより苦労があったらしい。


「フリーティング王国を目指してるのは、あの二人を追って?」

「ああ」

「何のためにって聞いても大丈夫?」


 そこまでは教えてもらえないかもしれないと思いつつ聞けば、彼はしばし無言になる。そっと、呟いた。


「……過去の罪を清算するため、だな」

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