Open the door.

皐月七海

Let's Open!!!

 どうしてこうなったのだろう。僕にはさっぱりわからない。今の僕にわかることと言えば、人生最大級にピンチな状況にも関わらず、恋人との待ち合わせ時間が刻一刻と迫っていて、今にも遅刻しそうだということだけだった。

 あれは確か昨日の六時頃。仕事を終え疲れ切っていた僕は、高校までずっと同じ学校に通っていた幼馴染と偶々遭遇した。彼も僕と同じく仕事帰りであった。

 彼から半ば強引に飲みに誘われて、渋々居酒屋へと足を運び、何時間と彼の愚痴を聞いた。酔い潰れてしまった彼をタクシーへ乗せ、彼の自宅まで運ぶという残業をし終えた後、やっと自宅に帰ったところまでは覚えている。いや、そこまで覚えているのなら全部覚えていると言ってしまったほうが早いのだが、本質はそこではない。

 僕は今日、目覚めたのだろうか。それとも未だ眠っているのだろうか。

 何故、そんな突拍子もない事を考えているかというと、目の前の現象が夢としか思えないからである。具体的にいうと、準備を終えていざ待ち合わせ場所へ向かおうとして玄関と扉を開けると、そこはトイレだったのだ。別に二日酔いのせいで、玄関からトイレまでの記憶がないとかそういう訳ではない。物理的に、玄関の外は自宅のトイレだったのだ。訳がわからないだろうが、理解してほしい。なにより一番訳がわからないのは僕なのだから。

 おいおい嘘だろう、嘘だと言ってくれ。僕は頬をつねる。痛い。何故痛い。痛くなければ、よかったよかったとなった所なのに、これでは絶望感が増したではないか。

 腕時計をチラりと見る。あと数分で家を出なければ立派な遅刻だ。彼女はいつも、遅刻は法律で罰せられるべきだと煩いので、遅刻なんかすればどうなるかは目に見えている。きっと今日一日は機嫌が悪くなり当たりも強くなる。更にはいつも以上に荷物持ちにされる事だろう。それで済めばありがたい話で、最悪別れ話も切り出されるかもしれない。古典的に、喫茶店で水をかけられるかも知れない。それだけは避けなければならない。

 こうなれば僕のするべきことは一つ。原理なんぞ考えずに、玄関へと繋がる扉を探すまでであった。

 まずはトイレへの扉。一番可能性が高かいので真っ先に向かった。しかし無情にもその先は外ではなく、自室であった。その机の上には恋人との記念写真と、誕生日にプレゼントされた手帳型ケースの携帯電話が置いてあった。あぁ、時間厳守で頭がいっぱいだったせいで携帯電話を忘れていたのか、これはいけない。そのままポケットにしまった。

 次に向かったのはお風呂の扉。唯一、折るタイプの扉のためもしかしたら可能性があるかもということで向かったのだった。やはり無情にもその先は外ではなくクローゼットだった。もはや扉ではなかろう。

 次に向かったのは恋人や友人等が寝泊りする客間。僕が住んでいるのは小さなマンションのため、ここが最後の扉となる。いや、先ほどの例を考慮するとまだ可能性はあるのだろう。どれが扉判定されているのはわからない。掛け軸の裏とかも、もしかしたら別世界へと繋がっているのかも知れない。とりあえず思いつく扉はこれがラスト。ここで玄関でなければいよいよベランダから飛び降りる他なくなる。しかしここは九階だぞ。デートに行く前に病院へと向かわなければならなくなる。古典風に、ロープを吊るして滑り降りるしかないだろうか。そうなると摩擦が怖い。それに命綱だって必要になるだろう。まてよ、まだベランダへ繋がるか確認していなかったな。いや、こんなこと考えるのは扉の先を確認した後で良いではないか。僕は勢いよく扉を開けた。しかし無情にもその先は外ではなく、まさかまさかの玄関であった。つまり一頻り一周したことになる。

 僕は急いでベランダへと向かった。そして勢いよく窓を開ける。その先は無情にも外ではなく、別の窓であった。綺麗に掃除された居間が見える。

 あとはどこを探せばよいのかと浮浪していると、頭に電撃が走った様に思い立ってトイレへと向かっていた。そういえば中を確認していないではないか。クローゼットも扉判定されているのなら、きっとトイレのフタだって扉だろう。そう、思ったのだ。しかし、もうお察しだろう。そう、まさにその通りで、その先は外ではなかった。ならなんだと言うのか。初め、その光景を見て思考が停止した。なんと、米が炊けていたのだ。もうこうなったら意味がわからない。

 僕は疲れ果て、数分かけて自室へと辿り着くと、恋人へ遅刻のメールを送ろうといた。ポケットから手帳型の携帯電話を取り出す。そしてそのケースをめくると、僕は大きな声で驚き叫んでしまった。

 なんとその先は玄関の外へと繋がっていたのだった。

 まるで大作ゲームをクリアした様な気分だった。やっと外へ出られる。この不思議な現象の正体を突き止めたわけではないが、一歩前に進んだのだ。しかし、また僕は壁にぶち当たる。

 どうやって外へ出ればよいのだろう。

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Open the door. 皐月七海 @MizutaniSatuki

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