第22話 学祭模擬店 接客練習風景
柱時計もホールスペースの奥、4つのレトロ窓を左右に分ける位置に組み立てられ、模擬店内装が完成した。
五時限目のチャイムと共に、キッチンスペースの女子たちも『通用口』からわらわらと出て来て歓声を上げる。
「それじゃあ、みんな。接客講習を始めます。一色、頼む。」
義信が章浩を促し、章浩が前に出る。
「それじゃ、基本的な動きのレクチャーをします。キッチン部隊の人も、当日欠員が出たり手が足りなくなったりしたら出てもらうことになると思いますので、ちゃんと憶えてくださいね。」
クラスメイトたちがちょっとザワついた。
「まずは、接客は掛け声です。先週決まったセリフをメイドさんは明るく、執事はちょっと気取った感じで。それじゃあ、メイドさんを、北村さん。」
「え? 私?」
沙織が目を丸くして章浩を見る。
「接客チームみんなにやってもらうから、誰から始めても一緒でしょ?」
沙織は軽く咳払いをして両手を前で組んだ。
「おかえりなさいませ、ご主人さまっ。」
女子から黄色い声が上がり、軽く首を傾げたまま沙織が赤くなる。
「いいじゃん。さすがバレー部。良く声も通ってるし。」
義信が笑顔を向け、男子たちからも拍手があがる。
「そんじゃ、大場。執事、行ってみようか。」
「おう。・・・ん、ん。・・・お待ちしておりました、ご主人さま。」
声を作った義信が左手を胸に当てて軽く会釈をした。
「どこかの声優さんみたいな声だな。」
「気取った感じで良くね?」
みんなから笑いが起こる。
「一番最初が良いお手本になったから、こんな感じで言ってみよう。それじゃ、次はメイド吉原さん。」
順繰りに接客チームの声出しが回って行き、気づいた点や良かったことなどの意見が出る。
「・・・よし。来店時の掛け声は今の所を踏まえて行きましょう。それじゃ、接客と給仕に移ります。これは実際やらないと覚えられないので接客チームと調理チームで組んで接客練習してもらいます。」
章浩はそう言うと、壁の花になっている綾香に向き直った。
「お手本しますので、村崎先生、お客さん役お願いします。」
「え? わたし?」
「うん。来店から注文取りまで流すから、入り口から入って来て。」
綾香は廊下に向かい、章浩は曲げた左腕に白ナプキンを掛ける。
「それじゃ、スタート。」
章浩の声で綾香が模擬店舗に入って来た。
「お待ちしておりました、ご主人さま。本日はおひとりですか?」
「あ、はい。」
芝居がかった章浩に少しドギマギして、綾香がたどたどしく答える。
「では、お席のほうへご案内いたします。こちらへ。」
章浩が綾香の1歩半斜め前を進み、柱時計のすぐ横の席、椅子の背もたれ左斜め後ろに立って、右手の指を伸ばして指し示す。
「どうぞ。」
椅子を引いて綾香を見る。
「どうも。」
ぺこりと頭を下げた綾香がその行くの前に立つ。
椅子の前に立った時に静かに椅子を戻し、椅子の座面の先を綾香のふくらはぎに優しく触れさせる。
(あ、これで座るタイミングがお客さんに伝わるんだ。)
接客手法に感心しながら、綾香は差し出された椅子に着席した。
章浩はテーブルの横、綾香が不自然に体をねじらなくて良い位置に移動して微笑んだ。
「本日はお越しいただいてありがとうございます。ご注文はいかがいたしましょうか?」
「え~と。そうねぇ。・・・それじゃあ『いちごのパンケーキ』をいただこうかしら。」
綾香もどこぞの貴族風な言い回しで章浩に返し、クラスメイトから含み笑いが聞こえる。
「かしこまりました。一緒にお飲み物はいかがでしょうか?」
「では紅茶をいただきます。」
「はい。お紅茶ですとミルク、レモン、ストレートとございます。」
「そうねぇ・・・」
綾香が何か言いかけた時、ニヤリとした章浩が矢継ぎ早にセリフを並べた。
「僭越でございますが、私の意見を述べますと、いちごの酸味とレモンの酸味が喧嘩をする可能性がございますので、ミルクかストレートをお勧めいたします。当店の茶葉はアールグレーのファーストフラッシュを用いておりますのでミルクよりもストレートでお召し上がりになられるほうが、香りもより楽しめると思われます。また、ご主人さまがご希望でしたら、ニルギリ茶葉でミルクティーをお作り致しますので、渋みとミルクのまろやかさをお楽しみください。いかがなされますか?」
「え? えっ?」
紅茶トークに綾香が目をぱちくりさせ、みんなが笑う。
「おい、一色。そんな専門知識無ぇよ。」
男子が笑いながらなじる。
「冗談だよ。さっきのミルク、レモン、ストレートとございますってとこで注文を取ってくれ。」
「え・・・と。す、ストレートで。」
綾香が気を取り直して注文を伝える。
「かしこまりました。いちごのパンケーキとストレート・ティーですね。しばらくお待ちください。」
ぺこりと頭を下げた章浩は颯爽と『通用口』へと消えて行った。
「こんな感じ。接客チーム。やってみようか。」
章浩は、通用口からひょこりと顔を覗かせみんなを見回した。
「配膳はお客さんの利き手で無い方からお皿を差し出します。他のお客さんの位置とかで都合の悪い時は『こちら側から失礼します』と声掛けして、反対側から配膳してください。」
左手の五指で支えた丸トレーから、空の皿を綾香のテーブルに置きながら章浩がみんなにレクチャーをして行く。
最初はわいわいとやっていたみんなも、次第に真剣に行っていった。
「どうする? 衣装着てやってみる?」
「いや。もう疲れたよ。明日早めに来て復習兼ねてやろうと思うんだけど、みんなは?」
義信は章浩の問いかけに答えて、みんなを見回す。
異存は無いようだ。
「それじゃ、大岩先生。これで3組の模擬店準備終了です。メニュー配ったり、お花とか、シュガーポットとかのカスターは明日並べようと思います。」
「よし。よく頑張ったな。明日、よろしく頼むぞ。」
大岩教諭は満足そうに微笑むと、みんなに解散の号令を発した。
クラスメイトがわいわいと帰り支度を始める。
「そうだ、一色、ちょっといいか? 村崎先生も。」
キッチンスペースに荷物を取りに行こうとしていた章浩に大岩教諭が声を掛けた。
一緒に呼ばれた事に綾香は内心ギクリとした。
「どうした一色。村崎先生に何かしたのか?」
義信が冗談めいた口調で声を掛ける。
「いや。まだこれから。」
「こらっ。」
章浩にツッコミを入れて綾香は章浩と一緒に手招きしている大岩教諭の下に歩いて行った。
「何ですか?」
「ああ。一色。村崎先生にも言っておきたいコトがある。」
真剣な顔で話す大岩教諭に、綾香の顔色が蒼くなった。
「実は・・・片山というのか、先日訪ねて来た人物は?」
章浩の表情が険しくなり、綾香の顔色が元に戻る。
「あいつが、なにか?」
「学祭のコトを聞いてきた。調べた上の事だろうから、変にごまかさずに伝えたよ。一応は、来訪は控えるようにとは伝えたが・・・その辺は覚悟しておいてくれるか?」
眉間にシワを刻んだ大岩教諭が章浩を見つめる。
「・・・そうですか。わかりました。暴れないよう自制しろってコトですよね?」
章浩の右目が鋭く光った。
「お前には済まんが、多くの来客がある中、我慢してくれるか? マズくなったら職員室に助けを呼んでくれ。」
固く口を結んだ章浩は、こくこくと頷いて答えた。
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