第4話 レクチャー
実習生は『副担任』という形でクラスに接するカリキュラムに移行して、綾香は二年三組の女子の環の中で昼食を摂っていた。
「せんせ、せんせ。」
きゃいきゃい話していた女子たちが一度静かになって、小声で綾香に話しかけた。
「うん? なぁに?」
小声で話しかけられると、人は小声で返してしまう。
「センセから見て、ウチのクラスの男子、どう思います?」
「へ? え、ど・・・どうって?」
内心ギクリとしてその女の子を見る。
「身内で言うのも何なんですけど、結構ウチのクラスの男子、偏差値高いと思いません?」
環の女子たちがクスクスと笑う。
「そ、そうね。私の高校の時に比べても良いと思うわ。」
きゃあと短い歓声が上がり、JKたちは身を乗り出した。
「ちなみに、センセの推(お)しメンは誰です?」
教室の対角に固まっている男子グループで、お弁当をつついている章浩をチラリと見る。
「う・・・それを言ったら、みんなそういう目で見るでしょ? そこはノーコメントで。」
「え~、残念。実は、このクラス内でも片想い光線出してる娘いるんですよ。ね、六華?」
「うおうっ、今、ソレ言う?」
玉子焼きを飲み込んで、六華は目を見開いた。
「あ・・・そうなんだ。」
「なっ、ナイショですよ、センセ。」
顔を赤くした六華は体を低くして綾香を見据えた。
「え、と。その人とは・・・普段は仲良いんでしょ?」
胸の内側にザラついた感じをくすぶらせながら、綾香は六華の目を覗き込んだ。
「ほら、センセなんか、まだ一週間も経ってないのお見通しだよ? 六華も、うじうじしないで告っちゃえば良いのよ。」
隣の女子が面白そうに笑いながら六華をけしかける。
「普段トモダチだから、いざマジな話するのがハードル高いのよ。センセ、解りますよね?」
「そ、そうねぇ。トモダチの顔からいきなり恋人の顔になるのは力がいるもんね。いままでの雰囲気から、『女性』を感じさせる雰囲気を演出しないと。」
「おお~。さすが先生。経験豊富なオトナって感じ。」
「いやぁ・・・まあ・・・」
環の女子が綾香を尊敬の目で見つめ、綾香はその視線に抗(あらが)えず曖昧な答えを返した。
「そんじゃぁさ、センセ。後学のためにもトモダチから恋人への発展方法教えてください。」
目の前の女の子が声のトーンを落として身を乗り出す。
他の娘も興味津々にそのキラキラした目を向けた。
(う・・・そんなの知ってたら自分の時にやってるわよ。)
「う~ん。絶対にこの方法ってのは難しいわね・・・やっぱり大事なのは『自分の素直な気持ち』を正直にぶつけてみるのが一番ね。小細工なんか無しで、あなたとこれからどんな風に共に過ごして行きたいかを伝えることが肝心だと思うわ。」
『へぇ~。』
女子たちが感心して嘆息する。
「でも、いざ伝えるってコトになったら、どう切り出したら良いんです?」
「普段仲良しなら相手もしっかり話を聞いてくれるはずよ。なにしろ『友人』としての信頼感に裏打ちされた関係だから。最初から取り合ってもらえないなんてコトは絶対に無いわよ。自信持って本題を話して良いと思う。」
綾香が落ち着いた調子でレクチャーした。
「おぉ。さすがオトナの女性。」
「うん、勉強になります。」
本日のカリキュラムが終わり、実習室に戻った綾香は机に伏さっていた。
「村崎さん、どうしたの? 調子悪いの?」
茉椛(まどか)が心配そうに声を掛けた。
「・・・わたくし、生徒に知ったかぶりをしてしまいました・・・ごめんなさい・・・」
「?」
綾香が落ち込んでいる時、実習室の後ろの扉がカラカラと開く音がした。
「あの~。村崎先生?」
聞き覚えのある女の子の声がした。
綾香はがばっと起き上がり、バーガーショップの店員のような笑顔を作って振り向いた。
「はい、越路(こしじ)さん。どうしました?」
ぱっつん髪を傾け、六華がニコリと笑って綾香の隣へやって来た。
「えと、隣良いですか?」
「ええ、どうぞ。」
六華はモノトーン丸椅子を引いて腰掛けた。
「先生。相談があるんです。」
「教育実習生の私で答えられる事なら。」
綾香は六華の方に膝を向けた。
「・・・男性経験豊富な先生に相談したいんですが。」
「え? 村崎さんってそうだったの?」
穂莉(みのり)が興味津々に喰い付いて来た。
「ちょっ、ご、誤解を招く発言は控えて。谷川さんもそんな顔しないでっ。」
綾香は、口を片手で隠して目を見開いている茉椛の方にも指を指して叫んだ。
「あの、お弁当の時の話で、周りにクラスのみんなが居たから話出来なかったんですが、その・・・アドバイスいただけたらなって思って・・・」
綾香の口の中が一瞬で乾いた。
「え、なになに。JKの恋バナ?」
寄って来る穂莉と茉椛をしっしと追い払って、綾香が六華に向き直った。
ぱっつんの髪型も手伝って幼く見える彼女ではあるが、くりくりとした目にすっとした鼻筋、ぷっくりとした小さめで可愛らしい唇、細く華奢な首から肩のライン、数年もすれば自分より遥(はるか)に美人になる素質が見出(みいだ)せられた。
(くっ。若さって最強・・・)
気後れを笑顔で隠した綾香は視線を落とした。
(胸は・・・私と同じくらいか・・・)
「先生。」
「はっ、はい。」
六華の声に綾香はビクッとなった。
「先生は、ずっとトモダチだと思ってた子が、自分の中で突然好きな子に変わったコトってあります?」
(ううっ!)
痛いトコロを突かれて顔が引きつる。
「こ、越路さんは、今、そうなの?」
六華は真っ赤になってうな垂れた。
「何か、きっかけが?」
「・・・彼とは中学から一緒で、て言うか、中学の1・2年は合同授業の時だけで、同じクラスになったのは3年の時なんですけど。」
あわあわと六華が話を始めた。
「彼、懐っこい性格だから、『やあ、今年は同じクラスになったね』なんて話しかけてくれて友達になって・・・」
(ああ、あの子ならやりそう・・・)
「受験もあったから、クラスの仲良しグループ交えて勉強会やったりして・・・その時は『良い友達が出来た』って嬉しかったんです。」
「良いじゃない。仲良しの友達は宝物よ。」
「はい。で、美雄高校に受かって、入学式で再会して、また同じクラスになって・・・今年も同じクラスになって・・・」
どんどん六華の耳が染まって行く。
「・・・いつも顔合わせてて見慣れてるはずの彼が、どんどんまぶしくなって・・・でも意識してるの気付かれたく無くて、中学の時のノリでわいわいやってて・・・私、何やってんだろうって。このまま、ただの仲良しさんで卒業しちゃうのかなって。」
伏せた顔のまま、六華は上目遣いで綾香を見た。
「越路さんは、もう、ぶっちゃけ、彼とどうなりたいの?」
「わ、わたしっ? 私は・・・出来るのなら、彼の隣に居たい・・・」
六華の目が潤んで窓からの光を反射する。
綾香は六華の本気度にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「そ・・・そんなに好きなんだ。それじゃあ、くすぶったままじゃ心の健康に良くないよ。彼と真剣に話をするべきよね。」
「え、でも今さらなにって感じにならない? そんなコト、口にしたらもう絶対今まで通りの友達じゃいられなくない?」
涙目の六華が綾香の手を握った。
潤んだ両目が綾香を射る。
「確かに『今まで通り』の関係は崩れるわ。でも、越路さんの彼に対する想いは、中学のトモダチの頃のままじゃないでしょ? ココロのカタチが変わったんなら、あなた自身も変わる時期に来ていると思わない?」
「せ・・・先生・・・」
泣きそうな顔で六華は綾香を見つめる。
「いきなり踏み出すのも大変だから、何かイベントに漕ぎつけて、その勢いを利用するのが良いんじゃないかしら?」
綾香がマクド・スマイルで六華の手を握り返した。
「イベント・・・そうだ。ウチの文化祭って、最終日に好きな異性に告ってお互いのバラの造花の交換が出来たらカップル成立って、いつから始まったかは分からないんですが、そういう伝統があるんです。これ使えますよね。」
途端に元気になった六華がさらに綾香の手を握り返す。
「う、うん。そうね。威力ありそう。」
「へへ。何だか心の踏ん切りが付いた気分。さすが先生。アドバイスありがとうございますっ。」
その時、実習室の後ろのドアがカラカラと開いた。
「おう、りっちゃん。ここに居たか。大場(おおば)が探してたぞ。模擬店の内装の検討、今日だったろ?」
ひょっこりと章浩が顔を覗かせて、六華に声を掛けた彼は部屋に入って来た。
「うわっ。そそそ、そうだったねっ。急いで向かうから。」
慌てる六華は丸椅子からぴょこんと飛び上がった。
「先生もどうですか? 一緒に検討会しません?」
六華のすぐ隣に立った章浩は、にっこり笑って綾香に向けて腰を折った。
「あ、ごめんなさい。この後、レポートまとめて提出しなくちゃなの。」
綾香はちょっと目を泳がせた。
「そうか、残念。じゃ、りっちゃん行こうか?」
「うん。でも、いっくん、部活は?」
「体育部は、文化祭準備時期はクラス優先なんだ。だから今日は休み。」
二人は並んで後ろの扉から出て行った。
「は~。仲良さそうな二人ね。なんか『ザ・青春』って感じ。」
穂莉が綾香の近くに立った。
「そうね・・・」
「一色くん、残念だったね?」
「う・・・そもそも私とカレとは何でもないからっ。」
穂莉に向かって言った言葉が、自分の胸の中をざっくりとえぐって行った。
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