第17話 俺は、こいつとバンドを組むべきだ。
ライヴの方は、大成功とまでは行かなくとも、まあそこそこの演奏ができた。まあ不参加よりは、充分いい結果と言えよう。
保健室へ、片づけが終わってから出向いてみた。あちこちにかすり傷を作っているらしく、木園は黄色い塗り薬をあちこちに塗られていた。
「ったく、肝冷やしたじゃねえの」
西条はようやく目を覚ましたらしい木園にため息まじりでぼやく。
「すまんなあ…… で、結局中止?」
「んにゃ、こいつが代役」
と、西条は俺を親指立てて指した。
「お前が?」
俺はうなづき、無断で借りてごめん、と木園にベースをケースごと渡した。
「いやいいけど――― お前弾けたんだね」
へえ、と単純に感心したような顔になる。実にいい奴だ。
「そうなんよ全く。一体何処にこんな隠し芸持ってたのか…なあ?隠してやがって」
このこの、と今原も俺の背中をつついた。
「で、ケガ、どうなの?」
とりあえず話題の流れを変えてみる。出られなかった奴の前で、誉められても嬉しくはないのだ。
「ああ、まあほらこの通り、かすり傷男。で、起きたら一応病院へ一度行っておけって言われてる。一応頭打ってるからって」
「あ~それは大変」
皆でうんうん、とうなづきあう。俺も付き合ってうなづいていたが、ふと俺は妙なことに気付いた。
カナイが大人しいのだ。
*
「何? 用事って」
バンドの片づけは済んでも、教室の片づけという奴が残っていたらしい。
木園がそのまま病院へ直行、ということになったので、バンドの他に催し物を掛け持ってないカナイは、木園の代わりだよ、とクラスの片づけに交わり始めた。
「お前別に先に帰ってもいいんだよ?」
「普段俺に暇人だと言ってるくせに何なの」
あちこちの段ボールや飾りのちり紙の花、テープや写真のコラージュをはがしては大きくまとめてごみ袋に入れる。
奴は手際が良かったので、談笑しつつ作業している女子や、展示前の肉体労働で疲れた男子に重宝がられた。
「さて、これ捨てて全部か。じゃ、俺、終わったって職員室に報告してくるよ」
「じゃああたし達もう帰っていいわねー」
明るくきゃぴきゃぴと女子生徒は奴に訊ねる。どーぞどーぞ、と奴もまた明るく答えた。
結局殆どの片づけをカナイと、その下働きの俺がやったような形になってしまった。女子など果たして本当に何やら作業をしていたのか?と考えてしまいたくなる。
そのまま帰ろう、と俺はカバンを抱えて奴と職員室方面へと歩いて行く。さすがにお互い疲れが出てき始めたらしく、腹の虫がほぼ同じ頃に泣き出した。
「こういう日に学食が休みってのはキツイなあ……」
奴は腹を押さえてやや情けない声を立てる。
「何か食ってこーや。駅前のどっか」
確か、駅前にはファーストフード店がずいぶん並んでいたはずだ。
「ああ、ちょうどいいな。俺お前に話もあったし」
「何それ」
「ま、その時言うから」
何だかな、と思いつつ俺は通りかかる昇降口に目をやった。クラスの女子が、さっきまでの疲れただのどうの、というぼやきは何処へ行ったのやら、実に元気にはしゃぎながら外へと出て行くのが目に映る。
それを見ながら、露骨に俺が不服そうな顔をしているのに気付いたのだろう、奴は軽く肩をすくめた。
「別にいいさ。俺は今日すっごく楽しかったし、他のクラスの連中は疲れているんだし」
「だけどなあ」
「まあ終わったことは、終わったことだよ」
「終わったことね」
三分待ってくれ、と言って奴は職員室へ入っていった。そして二分で戻ってきた。そして俺達は、昇降口で校内御用達「便所サンダル」を靴棚に入れた。
*
「で、何の話があるって?」
駅前のミスドで、俺達は中華のセットを前にして向かいあっていた。ヴォリュームから言ったら確実に、吉野屋あたりの方がいいのだが、中華まんが食いたい、という奴の主張に俺は逆らう理由もなかった。
「あ? うん。あのさ、お前、バンドやる気ない?」
奴は片手に肉まん、片手にお代わり自由のコーヒーを持ちながら訊ねた。
「バンド? その話は……」
「いや違う、ピアノじゃなくて、ベースで」
「ベースで」
「お前、何か、いけるもん。絶対あれ、もったいない!」
はあ、と俺は一瞬硬直した。だが一瞬だ。
「一緒に組もう。お祭りバンドじゃなくてさ」
カナイは身を乗り出した。目がきらきらしている。青春だ。
「お祭りバンドじゃなけりゃ、何?」
俺はそんな奴の熱血化をよそに、ラーメンをすする。わざとらしい程に、ずるずると。嫌いじゃない。ファーストフードにしてはそう悪いものではないのだ。
「本気」
「本気って?」
ずるずるずる。
「バンドで食えるようになりたい」
真剣な目。俺は箸半分くわえたまま、上目づかいに奴を見た。
「ふーん…… で、それに俺を巻き込もうって訳?」
奴は一瞬その言葉にぴくりと肩を動かした。
「何の保障もないんだよ?それこそ、そうできる奴の方がほんの一握りだよ?」
「そりゃそうだよ! だけどな」
「でも、いいよ」
ふっとそんな言葉が出てしまった。言葉を遮られ、え、と奴は問い返した。俺は脇のえびシューマイを口に放り込む。
「だけど、いいよ、って言ったんだよ。お前耳悪いの?」
カナイは黙った。何かにひどくびっくりしているようだった。たっぷり一分ほど、奴は俺の顔をまじまじと見ていた。
「そんなに放っておくと、ラーメンがのびるよ」
ずるずるずる。
「驚いた」
「何?」
「お前って本っ当に性格悪かったんだな」
ん? と俺は苦笑する。
「そんなこと、今頃気付いたのかよ?」
そう、俺は性格は悪い。正直言って、俺は彼と組んだからと言って、彼が持っている根拠のない自信を信じる気はさらさらなかった。
実際の「音楽で食いたいバンド」がどれだけ大変なのかは、俺もよく知っていたのだ。
あれだけ上手いBELL-FIRSTのメンバーだって、それだけで食っていた訳ではない。
それに俺は、一応音大に入る、入りたいという名目でもってこっちへ来ている訳だ。バンドを組んでベースをやっている、なんて郷里に知れるのはそう望ましいものではない。
だけど、俺はその瞬間、その気になってしまった。
それが当然だ、と思ってしまった。
俺は、こいつとバンドを組むべきだ。ピアノではなく、ベースで。
あの時と同じだ。トモさんの部屋に最初に行った時。
別に俺は運命論者ではない。全てが初めから決まっていると考えるのは好きではない。そう考え出したら、努力することを忘れてしまいそうで嫌なのだ。怖いのだ。
だが、ある瞬間、そういった自分のモラルだのポリシーだの立場だの、囲われている全てのものを何となくふっと抜け出してしまって、流れに身を任せてしまうことがある。
「成りゆき」だ。不思議なことにそれは、そう間違った選択ではないのだ。
「だけど俺、またこれでサエナ会長ににらまれるだろーなあ」
「知ったことかよ」
確かにそうだ。
そうこうしているうちに、俺のトレイは綺麗に片付いていった。奴は恨めしそうに言う。
「お前食うの早くない?」
「お前が遅いの。ぼーとっしてるんじゃないよ。時間つき合えって言うなら、もう一個地鶏まんでもおごって」
そして奴はひどく苦々しげに笑った。
*
「それにしても陽が短くなったよなあ」
駅のホームを歩いていると、もうすっかり暗くなっていた。
「夏は昼間がこんなに長くていいのか、って俺、思ったけれどさ」
「へえ、意外」
「だってなあ。野外ライヴなんか観てると、いい加減夜が恋しくなったぜ?お昼っから始まってさあ……」
「最初っから観てたのかよ」
俺はくすくすと笑う。確かに夏の野外は厳しいものがある。
「だけど確かに今年は暑かったよなあ。気象庁はまだ梅雨の頃には『今年は冷夏だ』とか言ってたのにさ」
「そう…… だったっけ」
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