第15話 文化祭の日はやってきた。
そうこうしているうちに、文化祭の日はやってきた。
その間にも、俺は時々練習スタジオにつきあっていた。さすがにその都度その都度スタジオ代をたかられはしなかったが、「見学料」程度は参加していた。
それにしても。
見るたびに俺は驚かされていた。
それはこのバンドが上手くなっていったからではない。下手は下手だ。そうそう上手くなる訳がない。俺が驚いていたのは、カナイの歌だった。
今原も木園も、別に驚いた様子はない。当たり前のような顔して聞いている。
慣れているのだ、と俺は思った。
彼らはおそらく小学校からカナイと一緒なのだ。小学生の音楽の時間から彼の声を聞き慣れていたなら、そりゃ、何とも思わないだろう。
慣れとは恐ろしいものだ、と思わずにはいられない。
校内は活気づいていた。旧校舎と言わず新校舎と言わず、建物という建物がデコレーションされている。放送室は占拠され、普段は流さない音楽も流されている。
三日間の辛抱だ、とでも言うのだろうか、職員室は沈黙を守っている。
「それにしても遅いなあ……」
アンプに腰を下ろして、高い天井を見上げながら、カナイはぼやいた。
「何?」
「木園の奴。もう集合時間は過ぎてるし」
「ああ」
そう言えば、いなかったな、と俺は今更のように思い出す。このにわかごしらえバンドのベーシストが、まだやって来ないのだ。
大食堂がその日の講堂での発表会の出場者の楽屋兼練習場所になっていた。祭りの間中食堂本来の業務は休みになっている。ブリックパックの自動販売機だけが、平常営業している状態だ。
いろんな出場者が大食堂には集まっていた。
バンドはもちろん、弾き語りアコーステイックデュオや、アカペラ、オペラまがいに、ノイズ・パフォーマンスまで千差万別。共通項と言えば、「真面目な音楽ではない」その一点だけだった。
もちろんその場合、その参加者の姿勢が真面目であるかないかなど問われはしない。「真面目じゃない」音楽を殆ど聞いたことのないような上つ方が決めたリストにのっとって決めているだけだ。
「ちょっと俺見てくるわ」
西条がさすがにしびれを切らせて立ち上がった。
あちこちで、チューニングだの発声練習だのの混じった音が耳に飛び込んでくる。こんな活気はそう悪いものではない。あのライヴハウスの、出番前の活気。緊張と期待と興奮。
悪くはない。
と。
そこへ血相を変えて西条が飛び込んできた。はあはあと息を切らせている。おそらくは俺達のクラスまで行って帰ってきたのだから、大した距離ではないはずなのだが―――
「おい、どうした?」
「カナイ~い~ま~は~ら~」
頼りなげな声がうめいた。何だ何だ、と俺も奴の方に向き直った。
「駄目だよ~出場できねえ!」
「でき……? 何、お前、木園を呼びに行ったんじゃないの? 何かやらかしたのか?」
「違う違う!」
ぶるんぶるん、と西条は手を大きく振る。
「木園の奴、うちのクラスの展示、手伝ってて、机積んだ上から落ちたんだ」
「げっ」
思わず俺までがそう声を立てていた。
「落ちた…… って」
「いやケガはないの、ただ、ちょっと打ちどころが悪くて、気ぃ失って、保健室にいるって言うから」
「そりゃあまずいわ」
今原も何やら顔色が変わっている。なかなか度胸座った連中かな、と俺はこれまでの練習を見てきて思っていたが、さすがにこういう緊急事態には。
「やっべ―――! どーすんだよ! どーしよう…」
カナイが声を張り上げた。
「ここまで来て出られないのかよ!」
「代役は!」
「……なんて居るか? だいたいウチのクラスでバンドやろうなんて酔狂な奴、俺達くらいだぜえ?」
「マキノ! お前何かできないの?」
西条がぱっと振り向き、いきなり俺にふった。え、と俺は目を大きく広げた。
「そうだよ、お前、ウチに付き合ってたくらいの酔狂な奴じゃねえか!」
今原も言う。だがそういう問題ではないと思う。
「駄目だよ、こいつができるのはピアノだし」
「じゃあいっそベースラインをピアノで弾いてもらう…」
「ピアノじゃ駄目なんだよ! あの音じゃなくっちゃ! ベースじゃなくちゃ」
カナイは声を張り上げて主張する。俺はどうしようかな、と思った。
「ベースね」
ため息を一つ。俺は近くに置かれたままの、木園のらしい深みのある赤のベースを取り上げた。コードをアンプにつなぐ。
ここなら音を出しても良いのだろう。実際、辺りには同類項がごろごろしている。コーラスも同じ部屋に居るのが何だが。
「おいマキノ、何を」
「これ、こないだの練習の音源だろ?」
端末に音源を入れる。音を上げる。
「何するつもりだよ」
「黙って」
カウントを取るドラムの奴の声。俺はラジカセのヴォリュームを思いきり上げたから、部屋中に割れたその声が響きわたった。
あちゃあ、と西条は、自分の声に、片手で顔を覆った。
ピック貸して! と今原に言うと、はい、と何やら驚いた顔で慌てて手渡した。そんなに珍しいのだろうか、俺がそういう口調すると。
指先に、力がこもる。少なくとも何もやっていなかった時よりは上手くなっているはずだ。
俺は、そう言われたはずなんだ。
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