第14話 奴は力無い笑いを俺に向けた。
結局俺達は、一時間目の授業をさぼってしまった。
食堂でブリックパックを買って、ピアノ室の床に座り込み、ぼんやりと斜め上に視線を飛ばし、天井や窓の向こうの空を眺めていた。
「あれはね、俺のことが好きなの」
「あれって、サエナ会長?」
「他に誰が居るよ?」
「あの会計の子」
「ばーか。あれはサエナが好きなの。お姉様っ! て感じ」
奴は肩をすくめる。俺はそらをあおぐ。まあ一般的な反応だと思う。
「はあ、なるほど。まあそんなものだね」
「大体俺は、ああいうのはタイプじゃない」
「へえ。お前でもタイプってあんの?」
お前ねえ、と奴は片目を細める。そして本当にいい性格してやがる、と付け加えた。
「こういうのがタイプじゃない、ってのは判るよ。だけどこれがタイプってのは、あいにく判んね」
「ふーん」
「お前はどうなのよマキノ、お前は」
「俺?」
「笑ってごまかすんじゃねーぞ?」
「驚かない?」
「驚かない」
「BELL-FIRSTのトモさん」
奴は五秒ほど動きを止めた。
そしてやや真面目な顔になって、冗談はよせ、と俺を軽くこづいた。俺はさすがにそれには笑って答えなかった。でも事実は事実だ。
「だってカナイ、お前もRINGERのギタリストさんが凄いとか言ってなかったっけ?」
「馬鹿やろ」
それとこれとは別だ、と言いたげに吐き捨てる。
「別にからかってなんかいないよ」
「あのなあ。俺は単純に憧れてんの。そりゃ俺はギター弾きじゃあないから、ギターだけじゃないなあ。楽器弾きじゃないから、歌うことしかできないけれど、俺はね、あの人と対等に話せるようになりたいんだよ」
「対等」
「そうだよ、対等。俺いつも思うもの。あのさ、ライヴハウスに来る女どもって居るだろ?」
「うん」
「あれってさ、結局、別の次元に居るって感じ、しねえ?」
「別の次元?」
「うん。そりゃさ、例えばファンでもコアなファンでさ、追っかけって類?…打ち上げとかついてきて、結局寝てしまうこともあるってのあるじゃん」
あるね、と俺は答えた。
「でもそれって結局、スターとファンの関係に過ぎないだろ?」
「スターってお前その言い方」
「うるせーっ! どうせ俺はボキャブラリィが少ないよっ! とーにーかーくー、バンドの奴は相手をファンとしか見ないし、ファンは相手をバンドの人とか見ないだろ? もし寝たとしてもだよ? 俺、そういうのは嫌だから」
「でもファンから本当に深い仲になる場合だってあるだろ?」
「あることはあるさ。だけど俺は、嫌なの。俺はね」
「カナイは、嫌なんだ」
「お前はいいの?」
「俺は――― 別に。双方結局好きならいいんじゃない? 終わり良ければ全てよし」
カナイの言うことも判るが、そんなこと言われたら、俺は自分の身の置きどころがなくなってしまうではないか。
「あのさあ、カナイは、誰かを好きになったこと、ない?」
「え?」
「憧れじゃなくて、欲望つきの奴」
「……」
「無いんだろ」
決めつけてやる。
「お前はあるのかよ」
「あるよ。今年初めてだけど。俺はあるよ。欲しくて、欲しがって」
「あ、そう……」
「そういう時にまで、そんな建て前守っていられる?」
「判んね」
一拍置いたが、カナイは答えた。素直だな、と俺は思う。
「でもその時は、その時だ」
俺はくくく、と笑った。何だよ、とカナイはやや怒った顔になった。
「で、どうなの?カナイ」
「何が」
「サエナ会長。彼女、お前のこと好きなんでしょ?」
「あのなあ、マキノ」
奴はやや困った顔になる。
「さっきのその、お前の話の流れで行こうか。俺は、サエナは嫌いじゃない。だけど、欲しいとは思えね。お前と同じ。お友達だよ」
「ああ―――」
それは分かりやすい。
「いい人なのにね」
「いい人だよ。いい人なのは判る。それこそ姉貴づらしてとか俺、言ったけど、本当に姉貴だったら良かったんだ。例えば俺の友人とか、先輩とかに彼女として紹介するとかだったら、喜んでそうしてやるよ。頭いいし、見た目も悪くないし、真面目で真剣で、人の面倒見もいい。だから俺じゃない誰かにだったら、喜んで取り持ってやりたいよ。だけど、それは俺じゃないんだ」
「どうして?」
「お前、誰か好きな奴いるんだろ? じゃ何で好きなんだ?」
「判らない。ただ好きなんだ」
「そうだろ? 同じだ。サエナはいい奴だ。だけど、そういう意味では、好きになれない。どうしようもない。いい加減俺なんか放っておけばいいと思って俺がどれだけ突っぱなしてもあのザマだ」
「大変だな、お前も」
「そう言ってくれる?」
ははは、と奴は力無い笑いを俺に向けた。
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