兵士の弓矢
常森さつき
第1話
むかし、ある国に弓矢を使う人がいました。
普段は、野山を歩き、弓矢で獲物をとる狩人でしたが、戦がおこれば弓隊の一員となって戦いました。
あるとき大きな戦いがあり、ようやく味方が勝利をおさめたのち、故郷に帰る道すがら兵士は話してくれました。
私はこうして戦となれば弓隊の兵士だけれど、狩人でもあるのです。
これまで何度かの戦に出て、弓の腕前は少しずつですが、あがってきたようにも思うのです。
それでも、時には敵に狙われ、命からがら逃げることもありました。大きな洞穴の中に逃げ込んで、ドキドキする心臓の鼓動を感じながら
「もっと弓の腕を磨かなければ、次は大怪我をするかもしれないぞ」
と思って冷や冷やすることもしばしばだったのです。
私の故郷には、尊敬する弓の名人がいました。
その人物は、はるかな昔から伝説の英雄とたたえられる弓矢の名手でした。
彼のほかには誰も引くことのできないほど強く弦の張られた弓を引き、空に放った矢は、どこまでも、どこまでも飛び続け、ついには天上までをも射抜いたと、語りつがれているのでした。
私は狩人ですから、弓の腕は素早く走り回る獲物をとるのに十分でありました。
しかし、戦となれば事情がちがう。相手の兵士も弓や刀を持ち、命がけで攻め込んでくるのを向かい打たなければなりません。私は、武器を持つ相手を目の前にすると、弓を持つ手がどうもいつもと違うような気がしてしまうのでした。
戦が終われば、私はいつものとおり狩人として暮らしました。野山を歩き、草原を歩き、小さな川を渡り、どんどん歩いて狩りをしました。そんな毎日をすごすうち、私は狩りのあいまに、弓の鍛錬をすることにしたのです。戦はまたいつはじまるかもしれない、と思われました。
鍛錬のときには、伝説の英雄が使ったかもしれないような、大きくて強く弦を張った弓を使うことにしました。
「私も伝説の英雄のように、天上に届くほどの矢を 放ってみたいものだなあ」
そんなことを思いながら、その強い弓を引く練習をするのです。
弦は強く張られ、引くだけでも渾身の力が必要なほどでした。
いつものように弓を引く鍛錬をしているとき、ふと空を見上げると、ちょうどなにか弓矢の的のような形をした小さな雲が浮かんでいます。
私は、
「そうだ、あの雲めがけて矢を放ってみよう」
そう思い立つと、力の限り弓をきりきりと引き絞りました。
弦は強く張られています。引いても、その手を支えているだけでやっとのことでした。思わず、弦の力で手を離してしまいそうな感じがします。
それでも、なんとか力の限り弓を引き絞り、
「もうこれまで」
と思った瞬間、矢はヒューンと空に向かって飛んでいきました。
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