吐くなら花

夏村木

吐くなら花

 それは少女が誘い込まれるそう、酒場のようなもの。『色褪せたカーテン裏』で聞いた噂だった。

「C組の穂積ほづみさんがね」

「他人に聞かれたくないけど吐きたい話」

「全部“吐かれて”くれるんだって」

「しかも」

「絶対に誰にも漏らすことないんだって」

 世の中に絶対なんてない。そういう正論、私は自慰行為後の罪悪感と同じくらいに無意味で無価値だと思ってる。

 その噂を聞いた日の放課後、吐かれてくれる穂積さんのクラスをたずねたのは言うまでもない。

 あふれてしまいそうだった。

 冷気と熱気、男と少女の声行く者と帰る者が混沌とした廊下で私は彼女に声をかけた。すれ違う少女たちのガラス玉のような目に何度か歪んだ私が映っていた。

「ええ、よろこんで。場所を探しましょう。吐かれるには吐かれるのにふさわしい場所でないといけません。そう例えば先生に手回しをしている保健室とか・・・」

 流れるかの如く人混みを渡っていくと不意に言葉の流れが止まる。

 セロハンテープのがし跡が目立つ保健室の扉には「面談中入室不可」と手作り感満載の木札がかけられていた。保健室で面談をした知り合いなどいないのでそういうこともあるのかと脳を働かせることもなく思った。

 限界とはいつも近くにあるものなのだ。

 穂積さんはというと木札を見るなり信じられないといった面持ちで先ほどから扉を三度は蹴っている。今で四度目だ。

「野世先生の裏切り者!ちゃんとアルコール綿作ったじゃないですかっ!酷いです!よ!」

 すると扉がガラリと音をたて、現れたのは裏切ったらしい保健医の野世栗絵のぜくりえ先生ではなくB組のいい奴としか聞いたことのない男、阿久津あくつだった。私の中では悪い奴になった。

 奥から野世先生がひらひらとこちらに手を振る。

「やあっ、ごめんよ涙花るいか。知雅也《のフルーツ盛りとエステのクーポンには勝てなかったよ」

「悪いな、こっちも吐かれ中だ」

「くッ、金持ちのぼんぼんめ!紹介しようこちら男子とめっちゃカラオケ行っておごる奴だ」

「ははは、男の吐かれ役だよろしく」

 なんだ(都合の)いい奴じゃないか。

 やあっ、限界。

「仕様がないな、じゃあ狭いけどウチで―」


「あなたの髪の香りが甘くて可愛くて好きだッ!!」



「で、結局その後どうしたんだい?」

「付き合うのか?」

「自慰行為後の罪悪感と同じくらい無意味で無価値な質問だねお二方」

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吐くなら花 夏村木 @huchinooku

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