巣喰われる

女良 息子

巣喰われる

「双子ってのはどうしてそっくりに生まれてくるか分かるかい?」


 私そっくりな見た目をしていて、私より遥かに出来が良い姉さんと一緒にスコップで地面を掘っていると、後ろから魔女が声を掛けてきた。

 魔女と言っても魔法が使えるわけではない。

 ただ、その年老いた姿や悪辣な性格、そして私たち家族を陥れた魔法のような手腕をまとめて考えた結果、彼女を指す言葉が童話の悪役で出てくる『魔女』以外思いつかなかったのである。

 父が魔女を連れてきたのは、去年の十一月の暮れのことだった。

 なんでも仕事先で迷惑をかけてしまったらしく、謝罪の為に顔を合わせたのを切欠に交流を持ち、暫く経って個人的な悩みを聞いてもらうほどに親密な仲になったというのだ。家族の前だというのに魔女に頭が上がらずペコペコしている父の姿は、いつも家で偉そうにふんぞり返り、何かと私を姉さんと比べて叱りつけてくる人と同一人物とは思えないくらい違っていた。

 魔女は私たちに様々な要求をした。金銭や奉仕と様々だった要求は、私たちの家庭をじわじわと疲弊させ、その末に崩壊させた。

 崩壊の切欠は父の死だった。

 ある寒い朝、父が居間で首を吊っていた。魔女が齎した災厄に家族を巻き込んでしまった責任感によるものだろう。不格好なテルテル坊主と化した父を見た母が真っ先に電話したのは、病院でなければ警察でもなく、魔女だった。きっと、流石に人死にが出れば魔女の暴虐も終わるのだろうという期待があっての行動だったんだろうけど、その行動を見た当時の私は、すっかり心の隅々まで調教されているんだな、と思ったものだ。

 魔女が返した答えは、父の処理という命令だった。

 それから数日経って、耐え切れなくなった母が警察に駆け込もうとしたが、得られた結果は処理する死体がふたつに増えただけだった。

 で、最後に残ったのが私と姉さんのふたりなのである。


「答えは簡単。どちらか片方が消えても、そっくりなもう片方がストックとして機能するからさ」


 答えになっているようで全然なっていない答えを言った魔女は、あはは、と笑った。

 ちらりと横目で姉さんを見る。

 夜を迎えた周囲はすっかり暗がりに満ちていて視界不良甚だしかったけど、それでもはっきりと見て取れるくらい姉さんの顔は緊張していた。そりゃそうだ。今しがた魔女が言った言葉を解釈し、現在の状況から考えると、私たち双子のどちらかこの場で殺される可能性があるのだから。

 もしそうなったら、死ぬのはやっぱり私の方だろうか。そっくりな私たちにある差異といえば、頭脳の才だけであり、それが秀でているのは姉さんの方だからだ……自分で考えていて悲しくなる話だけど、事実なのだから仕方ない。

 進まない気とは裏腹にシャベルは地面を掘り進め、大きな穴が出来た。魔女の指示に従って、ふたつのボディバッグを穴底に向かって放り投げる。

 あとは掘り返した土を穴に戻して埋めれば終わりなのだが、そこに魔女が待ったをかけた。


「お前たちのどちらかひとりも穴に入りな。そっくりで見分けのつかないガキがふたりもいちゃ、邪魔で仕方ないからねえ」

 

 その命令を聞いた姉さんは動揺して目を丸めた。

 私そっくりな唇を震わせながら、私そっくりな声で抗議する。


「そ、そんな、姉妹同士で殺しあうなんて、出来るわけが」私がフルスイングしたシャベルは姉さんの頭に命中した。

 カチ割れた頭蓋骨から私より出来の良い中身が零れ、宙を舞う。頭部に与えられた衝撃で仰け反った体は、そのまま穴底に落ちていった。


「…………」


 穴を覗き込む──これまで見上げてばかりだった姉さんを、見下ろす。

 ふたつのボディバッグに重なるように落ちている姉さんは、うめき声なのか呼吸音なのか判別がつかない声を上げていたが、十秒もしない内に静かになった。


「あとは」私は首から上だけを振り向かせ、魔女を見た。「埋めればいいんですよね?」



「ありがとうございます」


 姉さんの体に土を被せている私の口から出たのは、そのような台詞だった。


「おかしな子だね。普通こういう時にお前みたいな奴が私に向かって言う言葉は、恨み言に決まっているんだが──あと、たまに気が触れて感謝の言葉しか言わなくなる奴もいたが……お前はそれとも違うようだ」

「私って元からかわいそうな子だったんです」


 魔女は怪訝な顔になった。


「いや、かわいそうって言い方はおかしいですね。別に悲惨な境遇にあるわけでもなければ、ハンディキャップを背負っているわけでもない。小説やドラマにあるような泣ける過去を抱えているわけでもありません。だから、そうですね──『大した理由もなく出来の悪い子でした』という言い方の方が正しいのでしょう」


 ちょっと出来のいい姉と比べられてばかりいた、出来の悪い女の子。

 そこに世間の同情を引くドラマなんてものはない。

 ダメであることに対する言い訳の余地もない。

 だけど、今は違う。

 これまでの数か月間で起きた地獄のような家庭環境が、私の劣等性に理由を付けてくれるのだから。


「だから、貴方が来てくれて本当に良かった。救われた──だって、これまで私に比較を強いてきた環境を破壊してくれて、大した理由もなくダメだった私にダメであっても許される『可哀そうな理由』を与えてくれたんだから」


 ああ、それと。


「姉さんが不意打ちひとつであっさり死んじゃうくらいには大した奴じゃなかったということを知る機会を与えてくれたことにも、感謝しないといけませんね」


 そう言って、私は掬った土を穴に放った。姉さんの姿はすっかり見えなくなっていた。

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巣喰われる 女良 息子 @Son_of_Kanade

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