10 さっきの男の人、誰だったんですか
翌日の昼休み。学校の外はちらちらと雪が降っていて、昼すぎでも寒かった。
僕は桂木を含めた友達数人と一緒に、窓ぎわに設置された白色のパネルヒーターのそばに集まって、期末テストの合計点数を競っていた。
実を言うと、僕たちの通う
とはいえ面目を保つために断っておくと、桂木は意外にも成績上位者だったりする。わりと勉強はできる奴なのだ。
「そういえば知ってるか? 九先輩って今年のテスト、全部学年一位らしいぜ」
その桂木が、パネルヒーターに腰をくっつけながら言った。
「全部?」
「今までの中間から期末まで全部って意味だ。今回のテストはまだ結果がわかんねえけど、たぶんまた一位になるんじゃねえのかな?」
彼は人差し指を立てながら言う。どことなく自慢げなのはなぜだろう……。
「そんな情報、どこから仕入れてくるんだよ?」
先輩が成績優秀だということは耳に入っていたが、順位までは聞いたことがなかった。応山高校ではテスト結果を貼りだすこともしないため、上級生の成績順位なんて、本来なら知り得ない情報だ。
「知り合いの先輩。俺にとっては『先輩イコール九先輩』じゃねえんだよ。お前と違って、人脈が広いんでな」
「はいはい」
皮肉を聞き流し、僕はぼんやりと窓の外を見た。
うちの高校はどちらかと言えば街なかに位置する学校だけど、この教室からの景観はそれなりに趣があって、個人的に気に入っている。
教室の真下に駐輪場と教員用の駐車場があり、その向こうの一段低い位置に校庭が広がっている。奥行きのある校庭なので、ビルなどの建物は、遠く小さく見える。さらにその向こうには、日本で五指に入る高さの山がどんとそびえており、街全体を抱きかかえているような感じを受ける。青々とした山肌に、白くまだら模様ができている。
「あれ……?」
ふとその景色の一画に、知っている後ろ姿を見つけた。
九先輩だ。あろうことか、彼女は男子生徒と一緒だった。何者かはわからない。舗装されたアスファルトの上、駐輪場のすぐ横を、並んでゆっくり歩いている。どこか目的地に向かっている……というよりは、あてもなく散歩でもしているような感じに見えた。
……誰だ、あれは?
いや、落ち着け僕。別に先輩が男と歩いているからといって、取り乱してはいけない。考えられる理由はいくつもあるじゃないか。僕だってたまに掃除の時間だとか、保健委員の仕事とかで、クラスの女子と一緒に歩く時があるし。今日は外が寒いし。いまは昼休みだし。先輩たちが向かっている方向には、校庭以外なにもなく、あまり生徒が行き来するような場所はないし。
……じゃあ、なんで?
僕は居てもたってもいられず教室を出た。階段を下り、急いで昇降口へ向かった。
外へ出ようとして内履きからスニーカーに履き替えていると、一人の男子生徒が足早に校舎へ入ってきて、僕とすれ違いになった。どこか怒っているようにも感じられる足取りだった。
あれ?
振り返り、その後ろ姿を目で追った。間違いない、さっき九先輩と一緒にいた奴だ。でも、どうして彼だけが先に戻ってきたのだろう。
すれ違いざま、ちらりと襟元の組章が見えたが、色は赤だった。つまり先輩と同じ、三年生だ。
昇降口のガラス戸を引くと、冷たい風が吹き込んできた。つい身体が縮こまる。駐輪場の方へ向かうと、彼女の姿をすぐに見つけられた。一人だった。悠然とこちらへ歩いてくる。
「あら、出口君。奇遇ね」
彼女は僕の姿をみとめると、いつもどおりの態度で声をかけた。僕も「お疲れ様です」と、いつものように挨拶をし、
「さっきの男の人、誰だったんですか?」
率直に尋ねた。
「見ていたのね」
先輩は表情を変えずに言った。
「上からちょっと見ただけですけど。先輩が歩いていたので」
僕は校舎の三階の窓を指差した。二年生の教室が並んでいる。
「……そう」
風が吹き、彼女はなびく髪をおさえた。
「告白をされたわ」
「えっ」
心臓が強く脈打った。
「拒否したけれど、そうしたら『ナゾ解きで勝負して、勝ったら付き合ってほしい』と、お願いをされたわ」
なんか、どこかで聞いたことのある申し出だな……。
「先輩は何と答えたんですか?」
「それも断ったわ。現在すでに一人と対戦中だからって。それと、あの人の作る問題がどの程度のものかわからないから、せめて三十問くらいサンプルを持参してから、出直してほしいとお願いしたわ」
「そうですか」
ほっとした。さすが九先輩だ。その条件なら、結果的に門前払いとなる確率は高いだろう。
「それにしても……今までもこうして告白されたことは何回かあるのだけど、勝負してほしいと交渉されるようになったのは、あなたとの勝負が始まってからよ。あなたがあんな人目のある場所で叫んだせいで、きっと誰かの耳に入ってしまったんだわ」
「す、すみません……」
謝りつつ、他にも情報を漏らしそうな奴にひとり心当たりがあった。喋らなきゃよかったな。こういうことも想定し、自分の胸だけにしまっておくべきだったと後悔する。
「まあ、そういうのは断ればいいだけのことだから、構わないけれど。それより問題なのは、あなたの方よ。そんな些細なことを気にかけるひまがあったら、自分の勝負に集中しなさい。このままだとあなた、私の不遇な奴隷と化してしまうわよ」
先輩は余裕の表情で僕の横を通り、校舎へ向かった。
「ひとつ、訊いていいですか?」
その背中を僕は呼び止めた。
「何?」
彼女は髪をおさえながら振り返る。
「もし僕が負けたら……先輩は、他の人との勝負を受けるつもりなんですか?」
負けたあとのことなんて僕が関与できることじゃないのに、どうしても気になって尋ねた。この先、彼女が他の誰かと勝負する姿を想像し、嫉妬していた。
凛としたその視線が、今日の寒さみたいに僕を刺した。
「あなた、もう負けるつもりでいるの?」
僕はその一言にハッとして、首を大きく横に振った。
「い、いや、まさか。今日なんて新作を三問つくりましたし。しかもそのうち一つは、けっこう自信ありますよ!」
すでに負けた時のことを考えているなんて、馬鹿か。
「そう。なら放課後が楽しみね」
彼女は挑発するように微笑み、再びすたすたと歩いていった。
僕はふと校舎を見上げた。するとその瞬間に、三階の窓から、さっと離れた人物がいた。まるで僕の視線から身を隠すように。
【問題22】
『平成三十年における年間自殺死亡率は二四.八パーセントで山梨県が一番多いですが(厚生労働省平成三十年の自殺の統計を参照)、その同県に住んでいたB氏も、先日自宅で首をつり、死亡してしまいました。
部屋には直筆の遺書が残されており、身辺の整理をした形跡もあったので、警察は自殺と断定しました。ところがその後、遺族が警察官に死亡時の状況を確認すると、『B氏は自動車を運転中に障壁に激突し、その際に内臓が破裂して死亡した』と説明されました。その場所はB氏の自宅から数キロメートル離れた地点であり、彼は車中で命を落としたというのです。しかも通行人もその現場を目撃し、B氏の姿を見ています。さてB氏の本当の死因は何でしょうか?
※補足:首をつったB氏と車を運転していたB氏は、間違いなくちゃんと肉体を持った同一人物です。警察や通行人は誰ひとり嘘をついていません。霊や影武者も存在しません』
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