文字とパソコンを覚えた
「ファッションは自由だけど、そんな恰好でうろうろしているとトラブルに遭いやすいわよ。ご両親は何か言ってなかった?」
「両親とはもう長く会ってない」
最初の男からなぜか女に交代した。
まぁどっちでも、目的が果たせれば問題はないが。
「え? ほかにご家族は?」
「家族が光の使者探しに関係あるのか?」
「ほら、連絡先とか必要でしょう?」
「連絡先? 今すぐにはわからないということか?」
「そうね。君の探し物はちょっと難しいかもしれないわ」
「ううむ、家族とはもう十年以上会ってない」
「えっ!」
正直なところ、ドラゴンは人間ほど月日の流れを気にしないので、十年会ってないのか百年会ってないのかはっきりとはしないが、わりと最近妹に会ったような気もするので、十年ぐらいじゃないかと思う。
「もしかして、君、ストリートチルドレンだったりする?」
「うーむ、それなら常識がないのも納得だが。最近は育児放棄する親が多すぎないか? 同僚のボブのところなんかもう何年も不妊治療をしているのに全く子どもが出来ないと嘆いているのに、神は残酷だな」
お、どうやらこの男、神を知っているようだな。
しかし、そうか身勝手で片付けの出来ない奴だと思っていたが、その上残酷とは、恐れ入ったな。
そんな奴が本当に世界の秩序をどうにか出来るのか?
「ボブのところはどっちももう四十代でしょう? 諦めて養子縁組したほうがいいと思うんだけど、親のない子どもを愛情深く育てる家庭が必要よ」
「あの……」
何やら家族の話で盛り上がっているところを悪いが、俺の用事を忘れないで欲しい。
「あら、ごめんなさい。うーんと、一応控えておくからお名前を教えてくれる?」
「名前?」
しまった!
人間はお互いを名前で呼び合うんだったな。
確か社会を作って役割分担して生活をしているから呼び分けが必要なんだ。
全く考えてなかった。
「どうしたの? お名前は?」
「それが、名前はまだ無くって」
「えっ! 名前がないの? そんな、小さい頃に捨てられたのかしら? もしそうなら戸籍もないかも?」
「あー、ちょっと人種も違うようだし、移民の子かもしれないな。不法入国者かも。そっちの専門家を呼んで来るか」
「あ、君、少しここで待っていてくれる? 悪いようにはしないから」
「わかった」
二人が部屋を出て行く。
悪いようにはしないということは、いいようにもしないということだろう。
困ったもんだ。
ん? さっきから男のほうが何かいじっていた道具だな。
何やら光で図形のようなものが描かれているが……ふむ、なるほど、信号を発して、それを光に変換することで図形を形作っているのか。
もしかすると、これが噂に聞く文字というものか?
こことここが区切られているから、このかたまりで一つの意味になるのか。
ふむふむ、この文字のかたまりが何度も繰り返し出て来るな。
お、この絵を説明している文字がわかりやすいか。
なるほど、この単語が男でこの単語が女か。
これが名前を意味する文字。
するとこのひとかたまりの文字列は、さっきの会話の記録だな。
よしよし、だいたい理解出来た。
んん? この表示方法、ずいぶん無駄があるな。
この辺の命令を削って、ここで選択をして……と。
「待たせたな。おい! 何をしている? パソコンをいじっちゃダメじゃないか!」
「ん? ダメだったのか? 禁止されなかったのでつい、調べてしまった。珍しいものは好きなんだ」
「ダン、子どものすることなんだからそう目くじら立てないの」
「おい、なんか表示が変わってるぞ」
「ああ、表示までの間に無駄が多かったから、命令形をまとめておいた。その道具に満ちているエネルギー量から考えて、余分な命令形は削って別に避けておいたほうがいいと思ったからな。もし今使っていない形式を使いたいなら、こっちのキーを押せば追加出来るぞ」
「マジか! おい、ヒュー、見てみろよ、立ち上がるまで十分はかかっていたアプリが一瞬で立ち上がるようになっているぞ」
「うっそだろ! こいつどこの天才だ?」
何やら一人人間が増えている。
匂いからすると男か?
なんだか嫌な臭いが混ざっているな。
「お前、最近疲れやすくないか? 内臓に血液が回っていない箇所があるぞ。その部分が嫌な臭いを発生させている」
「は? 何言ってるんだ? 坊主」
「ヒュー、この子、変な宗教にはまっているみたいなの。光の使者を探してるとか言ってるんだけど」
「光の使者だって? あー、そう言えば昔、亜人排斥運動の首謀者がそういう救世主がどうのってぶち上げてなかったか?」
「あああの悪質な差別主義のテロリスト集団ね! こんな子どもを洗脳しようなんて酷い連中!」
おお、この男、どうやら光の使者についての情報を持っているようだ。
「きっとそいつだ。今どこにいるんだ?」
俺がそう尋ねると、三人はものすごく微妙な表情になった。
「悪いことは言わないから、あんな連中とは関わらないほうがいいわ。あなたぐらい頭がよければ、孤児でも特待生になれる制度もあるし」
「いや、光の使者が見つからないと困る。そいつが俺を殺しに来ると言うからのんびりしていたのに、なかなか来ないもんで、無駄飯食いとか、さぼり魔とか不名誉な言われようをしているのだ。けっしてさぼりたくてさぼっていた訳じゃないのに。だってそうだろ、何か重要な仕事をしているときに殺されて中断されてはたまらないじゃないか?」
俺がそう事情を話した途端、その場にいた三人の雰囲気が変わった。
それまではなんだかのんびりとだらけた気配だったのが、ピンと張りつめた弓の弦のような感覚が生じる。
「殺すだと? そう脅されたのか?」
「なんてこと、あの頭のおかしいテロリスト集団! 異種族でもない子どもにそんなこと言うなんて!」
「ん? 俺は魔族だそうだから異種族ではあるぞ」
俺の言葉に全員がパッと反応した。
「ダメ、魔族なんて汚い言葉を口にしちゃ。とっくの昔になくなった差別用語なんだから」
「くそっ、やっぱりあの連中、まだ凝りてなかったんだな」
三人の意識が怒りに占められて行く。
その怒りはどうやら俺に向けられたものではなさそうだが、怒りに支配された者というのは、だいたいにおいて話が通じない。
俺は、ため息を吐くと、彼等の隙をついて、そっとその場を抜け出した。
まぁ情報がなかった訳じゃないし、よしとするか。
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