なかの独り言

ハル

頑張るって、実は予防線?

 今日、ある人と話をしていて、電撃が走ったかのように閃いたこと。

 とりあえず「頑張る」って言うことって実は出来ない時の予防線なんじゃないかなって。

 わたしはその感覚が「多分出来ないけど許してね」って言いたいのだと感じた。

 使い方もよるのかも知れないけれど、そういうときの裏側にあるのは、自分への自信のなさの表れや、そもそもやる気がないのかもしれないなって。

 別に頑張ることを強制するわけでもないけれど、出来ると感じたことは「やれます」と断言出来ると思った次第で。

 やるかやらないか、出来るか出来ないか、どれくらいの成果を期待できるか、期限感も全部ぼやかして、「頑張ります」という。

 現実にこのパターンを遭遇すると、わたしの経験では「やってみたけど出来ませんでした」が多い。


 何か目標があって、成果を求めるときは、「頑張る」ではダメなんだなって。

 自主的にやることで、しかも他人に迷惑をかけないことで言う「できる限り」とか、「できる範囲」っていうものは、簡単に自分の中での基準が甘くなる。

 それでもいいなら置いといて、もうちょっと先を目指すときに、頑張るだと多分頑張れない。

 一つでも二つでも、「ここだけは譲れない」を作っておくと違うのかな。

 頑張ることじゃなくて、本当は何かの先にあるものが欲しいのであって、手段と目的がいつの間にかすれ違ってしまうのはもったいないし、気づいたときの無力感はより大きい。


 どうするべきかという強い言い方をしても、人に向き不向きがきっとあって。

 けれど、譲れない部分で予防線を張れない屁理屈をつけてしまえば、何か得られそうな気がする。


 その中でもわたしはつまるところ、その譲れないを少しずつ習慣化して、習慣を増やしていくことが近道なんじゃないのかなと、この頃実感することが多い。

 習慣化すると、やらない罪悪感に負けるから。

 そう思うと、頑張らなくてもできることは増やしていけるよね。

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