第25話 無原罪の御宿り-1

「無原罪の御宿り」という主題は、聖母マリアが彼女の母であるアンナの胎内に宿った瞬間、神の恩寵によりマリアが原罪から免れたとするものである。これは神の子イエスを産む母親が、「男女の交わりによって生まれたのであるとすれば、そこには罪がありイエスを生むことができない」という考えからきており、これによりマリアも原罪なしに生まれた存在であることを示している。


 そしてこの主題は後からつけられた話であるため、19世紀に入るまでは認められなかったが、聖母信仰が盛んだったスペインでは一般的なものだった。そのため、17世紀のスペイン画家がこぞってこれをテーマに作品を描いている。


 エル・グレコの「無原罪の御宿り(1607-13年)」、ベラスケスの「無原罪の御宿り(1618年)」、スルバランの「無原罪の御宿り(1630-35年頃)」、「無原罪の御宿り(1661年頃)」、ムリーリョの「無原罪の御宿り -エル・エスコリアル-(1660-65年頃)」、「無原罪の御宿り -ベネラブレス-(1678年)」、「無原罪の御宿り-アランフェス-(1670-80年頃)」と、同じ主題で計7つの作品を見つけることができた。このことから、当時大変人気があった主題であったことが伺える。


 そして、この7つの作品の中で年代をみてみると、一番最初に描かれたのはスペインの宮廷画家であったベラスケスのものである。彼のこの作品は同時期に描かれた「パトモス島の福音書記者聖ヨハネ」とともに、スペインのセビーリャというところにある、カルメル会修道士修道院の祭壇画として制作されたようだ。


「無原罪の御宿り」という主題の中では、聖母マリアはまだ幼さが残る少女であり、彼女は三日月に乗りながら手を合掌もしくは手を胸に当てている。


 ヨハネ黙示録より、「太陽を着て、足の下に月を踏み、その頭には12の星の冠を被っていた」という主題を聖母マリアとして描かれたようである。そのため、どの「無原罪の御宿り」をみても、マリアは似たようなポーズをとっている。しかしこの7つの作品の中で、「無原罪の御宿り」に描かれるマリアの描き方が大きくことなり始めたところがある。


 それがスルバランが、1661年に描いた「無原罪の御宿り」である。


 それまでは聖母マリアの衣装は、どの主題でもみられるように、中に赤い服を纏い外側に青いマントを羽織るスタイルであった。実際この作品の中で一番早く描かれたエル・グレコの『無原罪の御宿り』ははっきりと聖母マリアが常に着ている服の色である。


【補足】

 「無原罪の御宿り」と言う題材が、同じ時期に書かれたことが分かるように、今回は年号も振ってあります。


【絵画】

*「無原罪の御宿り」(1607-13年) エル・グレコ

*「無原罪の御宿り」(1618年) ベラスケスの

*「無原罪の御宿り」(1630-35年頃) スルバラン

*「無原罪の御宿り」(1661年頃) スルバラン

*「無原罪の御宿り -エル・エスコリアル-」(1660-65年頃) ムリーリョ

*「無原罪の御宿り -ベネラブレス-」(1678年) ムリーリョ

*「無原罪の御宿り -アランフェス-」(1670-80年頃) ムリーリョ


【画家】

*エル・グレコ(1541-1614)

 ギリシアのクレタ島生まれで、イタリアやスペインで活躍したマニエリスム最後にして最大の画家といわれている。

 イタリア滞在時は金銭問題により貧しい生活をし、スペインでは宮廷画家を目指すも、彼の奇抜な構図(引き伸ばされた人体)と色彩感覚が受け入れられず結局なれずに終わる。しかしその後宗教関係者や知識人からは圧倒的な支持を得たが、ほとんど劣悪な状態に置かれていたため、沢山の作品はあるものの当初の状態を保っている作品は数少ない。


*フランシスコ・デ・スルバラン(1598-1664)

  17世紀前半に活躍したバロック、セビーリャ派の画家で、ベラスケスと同じくスペイン出身。生涯にわたり教会と修道院のために宗教画を制作した。しかし彼の大きな成功は見られることがなく、1664年に亡くなる。


*ムリーリョ(1617-1682 )

 17世紀中期~後期にかけて活躍したセビーリャ派スペイン出身の画家。19世紀末期にベラスケスが再評価されるまで国内外でスペイン最大の画家として名を馳せていた。民衆の感情に訴えることに主眼を置き、優しく甘美で分かりやすい作品を描く。作品の多くは宗教画だが風俗画や肖像画も描いている。

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