クマさん、新居で初体験
シャルロッタの邸宅へ戻ると、ミミーの試食は終了していました。
その上で、ピリとミミーがどの缶詰をいくつ購入するのか交渉しているところみたいです。
ミミーが一番個数を欲しがったのはやっぱりビーフシチューでした。
他のスープ類もある程度の数を注文してくれたそうなんだけど、
「このビーフシチューは格別ですので」
と言って、特にたくさん購入したがったそうなんです。
ただ、この話を受けたピリの表情は少々曇り気味でした。
「そうなのよねぇ……確かにこのビーフシチューは美味しいんだけど……」
ピリはそう言いながら少しうつむき気味になっています。
僕には、その理由がわかっていました。
このビーフシチューの重要な食材である流血狼の在庫が少ないんだろう。
何しろ、この流血狼の肉は、僕が狩った分しかないのですが、ビーフシチューを大量生産するとなると、まだまだ足りないわけなんです。
それならば、僕がもっと流血狼を狩ればいいのですが……僕が流血狼を狩りまくっているというのが知能の高い流血狼達の間に広まったみたいでして、ニアノ村の周辺にあれほどいた流血狼がまったく出没しなくなってしまっていたんです。
だから、ピリとしては……
『大量注文は嬉しいけど……もうじきビーフシチューを作れなくなっちゃう……』
そんな事を考えていて、だからこそうつむいてしまっているんだと思います。
僕はそんなピリの側へと歩みよると、
「大丈夫、流血狼は僕がなんとかするから」
そう、耳元に囁きかけた。
すると、ピリは、ぱぁっと笑顔を浮かべると。
「さっすがクマ様! アタシの考えていることがわかっちゃうなんて!」
そう言うと同時に、僕に抱きついてきました。
……ですが
この場には、当然ミミーとシャルロッタもいるわけで……
「な、仲がおよろしいのですね」
そう言いながら苦笑しているミミー。
「ほんに……仲が良すぎて困っておりますのじゃ」
そう言いながら乾いた笑いを浮かべているシャルロッタ。
そんな2人に見つめられながら、僕はしばらくの間ピリに抱きつかれ続けていたわけでして……
* * *
やれやれ……昼間はひどい目にあってしまった……
その夜、僕は村の道を走りながらそんなことを思い出していました。
ピリの抱きつきに端を発した騒動はしばらく尾を引いたといいますか……主にシャルロッタがすっごく不機嫌になってしまって、僕とミミーが困惑してしまうほどだったんです。
でもまぁ、そこはシャルロッタです。
「お、おほん……ちょっと取り乱してしまったのじゃ」
ほどなくして平静を取り戻すと、改めてミミーとの商談をまとめていきました。
とにもかくにも、こうして缶詰の卸売りの契約は無事まとまった次第なんですけど、今度は流血狼の肉の仕入れ問題が発生することになったわけです。
ピリによれば、
「今の在庫だと、卸売り2回分しかビーフシチューを作れないわ」
とのことでした。
この数字は、今残っている流血狼の肉全てを缶詰に使用したら、の、場合です。
それだと、このお肉をピリが営業している食堂の料理として出すことが出来ないということになってしまいます。
せっかくの流血狼のお肉なんだし、出来る事なら村のみんなにも味わってほしいんだけど……
そんな事を考えながら、木の柵をジャンプして跳び越えると、森の中を疾走していきました。
背には、もらってきたばかりのバスターソードを背負っています。
剣そのものが大きいだけに、その鞘も馬鹿でかくてすごく重いんだけど、僕はそれをこともなげに背負っていました。
しかも、そのまま全力で走ってもいたわけです。
なんか、ホントに僕の体って規格外な能力を持っちゃったんだなぁ、と、再認識することしきりでした。
これって、いわゆるチートで俺ツエーってやつなのかな?
生前、あいにくそういった類いのラノベは敬遠して、田舎でスローライフ的なラノベばかり読みあさっていたもんだから、そのたとえで間違いないかいまいち自信がないんだけど……
しばらくすると、森を抜けました。
眼前には湖が広がっていて、その対岸には巨大な山がそびえています。
すると、その山の麓のあたりから大きな塊がぬっと出現しました。
「やぁドラコ。こんばんわ」
僕が笑顔でそう言うと、
『クマさ~ん、こんばんわです~』
その巨大な塊は、嬉しそうな声をあげながら右手をぶんぶんと振りはじめました。
その塊はドラコでした。
先ほどドラコが出て来た山麓のあたりに例の洞窟があってですね、ドラコはそこを新しい住居にしているんです。
で、僕がやってきたのを察知したドラコはその中から出て来て、こうして手を振ってくれているわけなんですよ。
僕は、湖の端っこに立つと、幅跳びよろしく湖の上を飛び越えていきました。
結構な距離があったんだけど、すでに何度かお試し済みなので僕に不安はなかったわけで……あっという間に湖を飛び越えた僕は、ドラコの真正面へと着地しいきました。
『わ~クマさんすごいすごい~』
そんな僕に、ドラコが嬉しそうに拍手をしてくれています。
ドラコはドラゴンですけど……それ以前に女の子なんですよね。
こうして、ことあるごとに僕を褒めてくれたり、励ましてくれたり、相談にのってくれたりするドラコ。
あぁ……学生時代にドラコみたいな同級生がいたら、僕のスクールライフはもっとバラ色だったはずなのに……
そんな事を思い浮かべていると……気のせいでしょうか、ドラコから少し悲しそうな気配が漂ってきた気がしたんだけど……
「ドラコ?」
『あ、あぁ、はいです~、ごめんなさい、ちょっとぼーっとしてましたぁ』
ドラコが慌てた様子でそう返答しました。
不思議と、その声と同時に先ほど少し感じた悲しい気配はなくなっていました。
釈然としなかったものの……
『クマさん~、ではそろそろ作戦を開始いたしましょうか~』
ドラコがそう言ってきたもんだから、
「そ、そうだね、そうしようか」
僕はそう返事を返しました。
僕の返事を確認したドラコは、右手を空に向けて掲げました。
同時に、その頭上の角が振動し始めて……って、よく見たらその角、まだ兎耳のままですね……
で、その兎耳状態の角を震動させていくドラコ。
そのまま、しばらく時間が経過しました。
「……きた」
神の耳魔法を展開して周囲の様子を探っていた僕は、バスターソードを構えました。
そんな僕とドラコのいる場所に向かって無数の魔獣の足音が近づいて来ているのがわかります。
これ、言わずと知れた流血狼の群れのものです。
なぜ、流血狼が向かって来ているかといいますと……
ドラコがですね、魔獣達を引きつける念波を周囲一帯に向かって発してくれているからなんです。
その発生源は、ドラコの角なわけでして、それを震動させることによってその念波が発生していました。
で、その念波に引き寄せられるようにして、流血狼を中心とした魔獣達が、念波の発生源であるドラコの元へ向かって駆けてきているわけでして……
で、集まって来たそいつらを僕がバスターソードで仕留めていく。
これが、僕とドラコが立てた作戦でした。
で、その作戦にさっそくひっかかった流血狼の群れが20頭。
当然、その姿を現すと同時に、僕がバスターソードでなぎ払ったのは言うまでもありません。
叩き潰す方が楽なんですけど、そうしてしまうとせっかくの肉がぺしゃんこになってしまって使い物にならなくなってしまいますからね。
僕は、駆け寄って来た流血狼達を、山の岩場に叩きつけるようにしながらバスターソードを横薙ぎにしています。
その結果、流血狼達はバスターソードで叩かれ、岩に叩きつけられて絶命していった次第です。
『うふふ~、大量ですね~』
その死骸をドラコがせっせと一箇所にまとめてくれています。
その間も、ドラコが念波を出し続けてくれているもんですから、流血狼を中心とした魔獣達が次々にやって来ていました。
ニアノ村の周囲からいなくなってしまった流血狼達ですけど、その生息域を変えただけなんです。
だから、比較的近くに移住していた群れがこうしてドラコの念波に誘われてどんどん寄ってきているわけです、はい。
『うふふ~、クマさんとの新居で初めての共同作業ですね~』
そう言いながらドラコはせっせと魔獣の死骸を集めていた。
その言い方に、なんか違和感を感じながら、といいますか、これ、シャルロッタに聞かれたらえらいことになってしまうんじゃあ……なんて考えながら、僕はバスターソードを振り続けていた。
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