クマさんと、村の中 その2
僕は、一度小さく咳払いをするとジェナさんへ視線を向けました。
「ジェナさん、ちょっとお聞きしてもよろしいか?」
「えぇ、なんでしょう?」
「この街の衛兵の中にゴリンゴって人はいます?」
僕がそう言うと、
「ゴリンゴなら、ワシじゃが?」
ジェナさんの後方に控えていた衛兵の中から、1人の髭の男が右手をあげました。
小柄なその男は、やけに傷の多い顔をしています。
衛兵のゴリンゴ……神の耳魔法で山賊達の会話を聞いていた時に名前が出て来た、村の中にいるという山賊の仲間の名前です。
『衛兵に忍び混ませているゴリンゴの手はずで……』
そんな会話があったのを、僕は忘れていませんでした。
このゴリンゴですが、山賊の仲間なんでしょう。
いきなり名前を呼ばれたためでしょうね、ゴリンゴはどこか落ち着きない様子で周囲をキョロキョロ見回しています。
それはそうでしょう。
村の助っ人としてやってきた部外者の僕に、いきなり名前を呼ばれたわけですもんね。
ひょっとしたら、山賊の仲間だとバレているのかも……そう、考えているのかもしれません。
見るからに挙動不審になってるゴリンゴは、
「わ、ワシに何か用なのか?」
僕を見つめながら、少し声を上ずらせながら聞いてきました。。
そんなゴリンゴに、僕は、
「僕の村でお噂をお聞きしたんですよ、こちらの衛兵の中にとても優秀な方がおられると……」
「そ、それがワシじゃと?」
「はい、そうお聞きしています。それでぜひお顔を拝見しておきたいとおもいまして……これも何かのご縁だと思いますので、これからもよろしくお願いいたします」
僕は満面の笑みを浮かべながらそう言いました。
同時に、右手を差し出している僕。
そんな僕に対し、最初は疑心案議な様子だったゴリンゴなのですが、笑顔を絶やさない僕を見ているうちに安心したみたいでして、
「そ、そうなのかい? ま、まぁ、良く言われるのは悪い気はしないし……そのなんじゃ……こちらこそよろしくな」
少し照れくさそうにそう言いながら、僕の手を握り返しました。
この時、僕が神の耳魔法でゴリンゴをマーキングしたのは言うまでもありません。
今すぐにこのゴリンゴを捕縛したとしても、僕が神の耳魔法で盗み聞きした情報しか証拠がありません。
それだけだと、やはり証拠として不十分でしょうし、僕のこの魔法能力についてはあまり公言しない方がいいような気もしますし……そう考えた僕は、彼のことを監視することにしたんです。
こうしておけば、ゴリンゴが山賊達と接触した際に、その会話を盗み聞き出来たり、うまくいけば残っている山賊達を一網打尽に出来るかもしれませんからね。
* * *
その後、ジェナさんに案内されて村役場の村長室へと通された僕達なのですが、部屋に入るなりジェナさんが僕に歩み寄ってきました。
「えっと、クマさん?」
「は、はい? なんでしょう?」
「ゴリンゴの事で、何か知っている事があるんです?」
真面目な口調で、それでいて部屋の外に聞こえないように注意を払いながら僕に尋ねてくるジェナさん。
その様子を見つめながら、シャルロッタも首をひねっています。
「うむ……クマ殿、妾も不思議に思ったのじゃが……ゴリンゴなる者の噂など、一度も聞いたことがないのじゃが、クマ殿は一体どこであの者の噂を聞いたのじゃ?」
同時に、2人から凝視される格好になっている僕なのですが……えっと、困りましたね……こんな事態になるなんて思っていなかったので、どうやってごまかすか考えていませんでした。
ゴリンゴの時は、事前に頭の中でシミュレーションしていたのでどうにかなったのですが……
「あの……あんまり詳しくはいえないんだけど、ゴリンゴにはちょっとやばい噂が……」
真顔で、僕に語りかけてくるジェナさんなのですが、僕は、両手をジェナさんに向けて、その言葉を遮りました。
「あ、あのぉ……僕の方もあまり詳しくいえないのですが……えっと、なんといいますか……」
思いっきりしどろもどろになっている僕。
なんとかこの場を乗り切ろうとしているのですが……こういった想定外の事態にとことん弱い僕……そうなんです、元いた世界で営業をしていた時も、予想外の事を言われると途端に答えられなくなってしまって、何件の契約を駄目にしたことか……
額に脂汗を浮かべながら言い訳を考えている僕。
ジェナさんは、明らかに疑惑の眼差しを僕に向けているではありませんか……その目は、まるで僕がゴリンゴの仲間と疑っているようにも見えます。
……困ったな……あの場では最善だと思ったのに、まさかこんな事になってしまうなんて……
僕が焦りまくっていると、シャルロッタがジェナさんの肩を叩きました。
「ふむ、察するに、クマ殿が何か考えがあるようじゃ」
「考え?」
「うむ、じゃからのジェナ。ここは妾に免じて、クマ殿のやりたいようにやらせてあげてはくれぬか?」
「……ふぅん……ずいぶんと、このクマさんの事を信頼しているのね、シャルロッタ」
「うむ。クマ殿は、妾の村のために体を張って頑張ってくれておるのじゃ。妾は絶対の信頼を寄せておるのじゃ」
訝しそうな目で僕とシャルロッタを交互に見つめているジェナさん。
そんなジェナさんの前で、自信満々の様子で胸を張っているシャルロッタ。
その表情をしばらく見つめていたジェナさんは、大きなため息を吐き出しました。
「……わかったわ。シャルロッタがそこまで言うのなら、私もこれ以上は何も言わないことにするわ」
そう言うと、僕を指さしたジェナさん。
「いいこと、クマ。くれぐれもシャルロッタの期待を裏切らないでよね」
「は、はい! そ、それはもう」
ジェナさんの前で、一度ビシッと気を付けをした僕は、若干声を裏返らせながら返事を返しました。
そんな僕の側に寄って来たジェナさんは、僕の耳元に顔を寄せると、
「……で、アンタとシャルロッタって、どこまで関係が進んでいるわけ? もうやったの?」
「「ぶふぅ!?」」
ジェナさんの言葉に、僕とシャルロッタは同時に吹き出してしまいました。
「ちちち、違うのじゃ!? わ、妾とクマ殿は、そそそ、そのような……」
あたふたしながらジェナさんに返事を返しているシャルロッタなのですが、顔は真っ赤ですし、声は裏返っていますし……一方の僕も、顔を真っ赤にしたまま身動きひとつ出来ない状態でして……
その後、しばらくの間、ジェナさんの質問攻めにあってしまった僕とシャルロッタなのでした……
* * *
しばらくして、ようやくジェナさんの質問攻めから解放された僕とシャルロッタ。
「まったくもう……からかうのもいい加減にしてほしいのじゃ」
「あはは、ごめんごめん」
ジェナさんが準備してくれたお茶を飲みながら、ようやく話を本題である山賊の話題に移すことが出来ました。
「……でね、あれだけ頻繁に襲撃してきていた山賊たちなんだけど、昨日あたりからやけに大人しいのよね」
「ふむ……山賊どもは1000人はおるのであろう? 隙をうかがっているのではないのかの?」
「そういう噂もあるから、城門の警備はしっかりしているんだけどね」
ジェナさんとシャルロッタはそんな会話を交わしていたんだけど……
その1000人近い山賊達の大半はドラコさんのどっかん魔法でほとんど退治されちゃっているんですよね……
ただ、ドラコさんが、
『後始末もしっかりしておきますので~』
って言っていたから、退治された後の山賊達だけでなく、ドラコさんの魔法の痕跡も残っていないはずです。
なので、ジェナさんが村の警戒を解いていないのは当然なわけです。
……とはいえ
下手にこのことを口にして、ドラコさんの説明をしなくちゃならなくなってしまうと面倒だし……そう考えた僕は、この場ではあえて何も言いませんでした。
ジェナさんとシャルロッタの話し合いの結果、僕とシャルロッタは1週間この村に滞在することになりました。
「王都に救援を呼んでいるからさ、そいつらが到着するまで警護の手伝いをお願いね」
「うむ、クマ殿と妾にまかせるのじゃ!」
ジェナさんにお願いされたシャルロッタは満面の笑顔を浮かべながら、自分の胸をドンと叩いていました。
僕も、
「精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
そう言って、頭を下げました。
* * *
その後、僕達はジェナさんが準備してくれた宿へと移動していきました。
「ジェナが準備してくれた宿は、あの角を曲がったところなのじゃ」
何度もこの村に来た事があるだけあって、シャルロッタは迷うことなく進んでいきます。
そんなシャルロッタの後ろをついて歩きながら街道の周囲を見回していたのですが……この街はシャルロッタの村よりもかなり規模が大きくて賑やかです。
街道の周囲にはたくさんのお店が立ち並んでいましてどの店も多くのお客さんで賑わっています。
そのお店目当てえ集まっているのでしょう、人通りもすごく多いんです。
これだけ賑やかだと、うまく商売することが出来れば結構儲かるかもしれません。
なんとかして、シャルロッタの村もこれくらい賑やかにすることが出来たらなぁ……
元の世界の僕は、これでも営業職でした。
ひたすらお得意様巡りをして、1つでも多くの商品を購入してもらうのが仕事だったわけだけど、大学では経済学を専攻していて、商売の仕組みに関しても多少は理解しているつもりです。
……まぁ、だからといって、そんな実体験のともなわない机上の知識がこの異世界で役立つとは思えなかったものの、貧乏この上ないシャルロッタの村を少しでも潤わせるためには、こういった村で知識を得て、その知識を使って何かやってみるしかないのではないだろうか……僕は、そんな事を考えながら周囲を見まわし続けていました。
* * *
「シャルロッタ様と、クマ様ですね。ジェナ様に言われて部屋の準備は出来ております。さぁ、こちらへ」
宿に到着すると、この宿の主人が満面の笑みを浮かべながら僕達を2階へ案内してくれました。
ちなみにこの主人。
白髪で白い口ひげのおじさんなんだけど、ピシッとしたスーツに身を包んでいます。
なんか、執事って雰囲気の親切そうなおじいさんです。
で、案内された部屋なのですが……
部屋が1つ。
ダブルベッドが1つ。
「この部屋ですが、主に男女の冒険者の方にお貸ししていまして……えぇ、防音の方も……」
意味ありげな笑みを浮かべながら揉み手をしている店主。
そんな店主の横で、僕とシャルロッタは顔を真っ赤にしながら固まっていました……
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