落ち着く前の小一時間

朝凪 凜

第1話

「はぁ……もうあと、一時間かー……」

 憂鬱なため息で教室に一人、窓際に座っている。かれこれ30分くらいはそうしている気がするけれど、5分くらいしか経っていない気もする。もういつからぼーっとしていたのか覚えていない。

「なんであんなこと書いちゃったかなぁ」

 昨日の夜、テニス部の男子にSNSで伝えたのだ。『明日の放課後、17時に教室で話がある』と。

 何時間も悩んで結局その一言だけしか書けなかったけど、何のことかはバレてるだろうなぁ。そう書いておいてやっぱりナシ! なんて言う訳にもいかないし、そうでもしないとこれからも告白なんて出来ないと思う。情けない話だけど、こんなことをしなければ絶対言うことはないと自信を持って言える。


 出来るなら一時間後が永遠に来ないでほしい。

 現実逃避のように携帯を操作する。アプリを開いては閉じて、また同じアプリを開いての繰り返し。

「はぁぁぁぁ。全く落ち着かない! どうしよ!!」

 鼓動が早鐘のように鳴っているのがわかる。この時間が嫌だ。また携帯を開いて検索をする。

「こういうのって情緒不安定って言うんだっけ」

 そう言って文字を入力する。

「あ、間違えた」

 変換を間違えてジョウチョフアンテイと入力して検索してしまった。

 そこでふと目についたサイトを開いてみると――


 とある小説の感想を書いているページだった。

 そのページの一部が目に入った。

『人形を愛している夫のことが嫌だからって人形を壊しちゃうって、なんか最近見るニュースとかと一緒だな。好きなものを捨てられて男が抜け殻になる話。女の方が情緒不安定というか狭量というか』

「うわぁ。ヤなページ見ちゃったなぁ……」

 閉じようとしたところで、タイトルがあった。

『人でなしの恋 江戸川乱歩』

「江戸川乱歩って怪人二十面相とかのあれ? えぇー……こんな話とかあるの……。ちょっと読みたくないなあ。でもまあ解らなくはないよね。そりゃあ嫌だもん。気持ち悪いし」

 ごく一般的な感想を述べてそのページを閉じた。

 外を眺めると自分が映っていた。

 この時期には珍しく雨が降り続いている。曇ったガラス窓に泣いている私が映っている。

「あれ? 泣いてる?」

 頬から目頭にかけて手で拭うも濡れてはいなかった。結露した窓がたまたま泣いているように見えたみたいだった。

 泣いている。さっき見た人でなしの恋の話を思い返すと、クサクサとした気持ちになった。

「なんで好きじゃないで一緒にいるんだろう。そんなのやめちゃえばいいのに」

 気持ちが乱歩に向いたおかげなのかさっきまでの落ち着かない気持ちが無くなっていた。

「一緒にいたいならちゃんと好きですって言わないと駄目だよね。なんかちょっと落ち着けた。よしっ」

 ドキドキする高揚はあるものの、何を言いたいのか、どうしたいのかが解った気がする。もう断られることなんて考えていない。どう言ったらいいのかだけを考える。

 気持ちが落ち着いてこの後どうするかだけを考えて。さっきまでのクサクサした気持ちも外に追い出して、楽しいことを考えて。

「そうだ。傘は鞄から出しておこ。傘は持ってこなかった……。傘は持ってこなかった……。よし」

 そうこうしているうちにもうすぐ17時だった。

 椅子に深く腰掛けて、呼吸を整える。左手で頬杖をついて外を眺める。教室入り口の方は見ていられない。いつ入ってこられてもいいように心の準備だけはしておく。

 ――ガラガラガラ。

 入ってきた。

「あー……、話っていうのは……」

 うわずった声で入ってきた。

 入り口からゆっくり歩いてきているのが解る。私の机の横まで来たところで、私は急に振り返り立ち上がった。

「好きです! 付き合ってください」

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落ち着く前の小一時間 朝凪 凜 @rin7n

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