43.文化祭でもやることは変わらない
この学校の文化祭は二日ある。まず一日目は生徒だけの学生の部、そして二日目が外部の人達も参加できる一般の部だ。
一応、一日目も文化祭を見て回れるもののほとんどの出し物は見ることが出来ない。というのも大体のクラスがこの一日目の学生の部を一般の部に向けての準備に充てているのだ。
ということはだ、一日目に行う予定の『ミス&ミスターコンテスト』は学生の部で数少ない出し物の一つだということで、注目が集まってしまってもおかしくはないということだった。
今このときのように……。
「ねぇあれって今日のミスターコンにでる人だよね」
「だったらあの子もミスコンに出る人だよ。もしかしてあの二人ってカップルなのかな?」
「いやそれはないでしょ。男の方があまりにも普通過ぎるし」
「それもそうだね。女の子の方はともかく男の方がね」
俺と四葉が通る傍からそんな会話がちょくちょくと耳に入ってきていた。彼女に鍛えられてメンタルが強いと評判の俺でも流石に傷つく内容の会話である。
「凛君、気にしちゃ駄目ですよ。あの人達は実際の凛君を知らないだけなんです」
「ああ、ありがとう四葉」
「私から見る限り凛君は最高のイケメンです!」
「ちょ、四葉。声が大きいから!」
あまりにも恥ずかしいことを大声で言う四葉を慌てて注意するが、その時には既に遅く。周りからはクスクスと笑い声が起きていた。四葉のおかげで余計に傷ついた気がするのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいではないだろう。
それはともかく、こうも注目されると四葉と一緒にいることもままならない。歩きながら辺りを見渡して静かな場所を探していると、少し先の廊下の角からこっちこっちと手招きをする手が出ていた。周りに誰もいないのでおそらく俺達に向けてのサインだろうと手が出ていた場所へと向かうと、そこには先程ぶりであろう月城先輩の姿があった。
何やってんの? この人。
そんな心の声が漏れていたのか、先輩は少し心外そうな表情でここにいる理由をひとりでに答える。
「わざわざあなた達を助けようと思ってきたのに何かしらその顔は?」
「いえ、この顔は元々の仕様です。でもどうして俺達の場所が分かったんですか?」
先輩のことなので正直ずっと俺達のあとをついてきていたのかと思ったが、先輩は顔に手を当ててため息を吐く。
「あなた達、それぞれ自分の格好を見てちょうだい。その格好で分からないはずがないじゃない」
咄嗟に四葉の格好と自分の格好を見る。もしかしてコンテスト用の衣装が問題なのだろうか。
執事服とメイド服、確かに普段だったら目立つ格好であるが、今日は文化祭それほど珍しくもないだろう。
「その顔は文化祭だったら目立たないんじゃないかとか思っているわね。一応聞くけどそんな格好をしている人、他に見たかしら?」
「それは……」
思い返してみるが確かに記憶にない。
「確かに明日ならその格好は目立たないかもしれないけど、今日は出し物を準備している人が多いのよ。言ってる意味分かるわよね?」
「……まぁなんとなくは」
言いたいことは分かる。つまりこの状況は今着ている衣装を着替えれば解決するということなのだろう。だが残念ながらそうすることは出来ない。というのもこの格好は俺から言い出したことではないのだ。
「駄目です。私達はこの衣装で文化祭を回るって決めたんですから! それにもし着替えたら私が頑張って作った執事服を凛君が着ている姿が見れないじゃないですか!」
「後半の方本音が漏れてるわよ」
「そんなのは些細なことです。私はこの衣装から着替えるのは反対ですよ、絶対的に反対です!」
多少というか、かなり突っ込み所は満載だがなんとなく俺の出る幕ではないように感じた。
それからしばらく言い合いを続けていた二人だったが、ついにその片方が折れる。
「……そこまで言うのなら仕方ないわね。分かったわ、私について来てちょうだい」
四葉の勢いに押された月城先輩は渋々俺達についてくるよう促す。そうして向かったのは……まぁ言わなくても分かるだろう。
「ここなら文化祭でも人が少ないし、注目されないと思うわ」
「なるほど図書室ですか。確かにここなら静かでじっくり凛君を観察出来そうです。中々やりますね、先輩」
「喜んでもらえたようで良かったわ。じゃあ用事が済んだから私は出し物の準備に戻るわね」
それから月城先輩は『ごゆっくり』という一言とウインクを残して図書室を去っていく。
おそらく彼女は俺達を助けるためだけにわざわざ出し物の準備を中断して来てくれたのだろう。
「……先輩にはいつかお礼しないとな」
最近の月城先輩は困っていたら何かと助けてくれるようになった。彼女が助けてくれるようになった原因について大方の見当はついているが、それにしてもなんと義理堅いことか。
その点を踏まえると四葉と月城先輩の二人はきっと似ているのだろう。四葉は律儀、月城先輩は義理堅い。なんとなく二人の仲が悪くない理由が分かった気がした。
「……さっき何か言いましたか?」
「いや、何でもない。それよりコンテストまでどうやって時間を潰そうか」
「いつもと同じで良いですよ。私、凛君とお話するのが好きなんです」
四葉はそう言って軽く笑みを浮かべる。彼女が言った通り、確かに文化祭だからといってなにも特別なことをする必要はない。気の向くまま、思うがままに話に花を咲かせるのも悪くはないだろう。
「それもそうだな。今日は出し物も少ないし、文化祭のメインディッシュは明日にとっておくか」
「そうですよ、そうしないと明日にはお腹一杯になっちゃいますからね」
楽しそうに話す目の前の少女を見て、俺は不覚にも思ってしまった。もしかしたらこの笑顔も明日で最後になるのかもしれないと。
しかしそんな考えはすぐに思考の外へと追いやった。
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