42.文化祭開幕
その日の学校はかなりの喧騒に包まれていた。というのも今日は文化祭一日目、一年の中で学校が最も盛り上がるといっても過言ではない日である。そんな日の学校では至る所から準備をする人達の話し声が聞こえ、ただでさえ特別な学校の雰囲気をより一層特別なものにしていた。
そして俺はいつものように四葉と手を繋いで学校の昇降口までの道のりを歩いていた。何故手を繋いでいるかは今更だろう。
「凛君、やっぱり文化祭はすごいですね。私この空気感ちょっと好きです」
「俺もだ、学校に行くって感じがしなくて自然と足が進む」
「いつもどんな気持ちで学校に通ってたんですか……」
「面倒だと思ってた」
俺の返答を聞いた四葉は途端に呆れたような表情になる。俺は何か間違ったことでも言ったのだろうか。
「まぁいいです。それでも毎日学校に通ってますからね。でもそう考えると凛君って意外と真面目なんですよね。それともツンデレとかですか?」
「いや、俺にツンデレですかとか聞かれても反応に困る」
返答に困って鼻を掻いていると四葉は子供のようにイタズラっぽく笑った。
「反応に困るですか、でも顔が赤くなってますよ。可愛いです」
「うるせぇ」
そんな会話を続けているといつの間にか教室までたどり着く。だが教室には誰一人としていなかった。
「多分、みんな準備で体育館にでもいるんだろうな。俺達も荷物置いたら行くか」
「そうですね」
俺達のクラスの出し物は『ミス&ミスターコンテスト』の運営、出し物を決めた時から教室ではなく体育館を使うということで話が進んでいた。まぁ教室でコンテストを開こうとしても収容人数に限界がある。考えればそうなることは必然だった。
荷物を教室に置いた後はクラスメイト達がいるだろう体育館へと向かう。その道中、俺達は見知った人に会った。
「あら二人とも、こんなところでどうしたの?」
「先輩、おはようございます。俺達は出し物の準備ですよ。それよりも先輩の方こそ一体ここで何をしているんですか?」
俺の問いかけに四葉は大きく首を縦に振る。そんな彼女の大げさな反応を見たからか月城先輩は少しクスッと笑ってから俺の問いかけに答えた。
「私達のクラスは劇をやるのよ。それで少しリハーサルをしていたの」
「ちなみにどんな劇を」
「『狂った白雪姫』よ。略して
ああ、うん。何となく月城先輩の役どころは分かった。中々にクレイジーそうな劇であるがどんな展開になるのか面白そうではある。
「えーと、ヒロイン頑張って下さい」
「何故私がヒロインだって分かったのかしら?」
だってその劇のタイトルからして先輩のために話を作り替えましたって感じがするだもん。なんてことなど言えるはずがなかった。
「先輩ならきっとヒロインだと思っただけで特に深い意味はありませんよ」
「そう、そんなに私ってヒロイン気質だったのかしら」
狂雪姫に関してはそうだと思います。
「じゃあ俺達は準備があるのでこれで」
「そうだったわね、引き止めてしまってごめんなさい。それと良かったら私達の劇も見に来てちょうだい」
「そうですね、時間があったら行きたいと思います」
その後、月城先輩を見送ると後ろからツンツンと肩を叩かれる。肩を叩かれた方向を見ると、そこにはやけに笑顔が眩しい四葉がいた。もしかして俺はまた何かをやらかしてしまったのか。そう思っていると彼女は続けて俺に質問をしてきた。
「凛君は本当にその劇を見るんですか?」
「もしかして四葉は劇を見るの嫌だったか?」
努めて刺激しないよう四葉に問いかけると彼女は首を横に振る。
「いえ、寧ろ私もその劇を見てみたいです」
「そうか……」
少し顔を赤く染めた四葉が俺には少し微笑ましく思えた。
基本的に彼女は月城先輩と話したがらないが、それでも二人は仲が悪いわけではない。具体的にどういった関係なのかは説明出来ないが、少なくともお互い毛嫌いしているわけではないのは確かだ。
あまり対人関係が得意ではない四葉にとって唯一張り合うことが出来て、友人と呼べる相手、それが月城先輩なのだろう。
仮にそうだと考えると四葉が月城先輩と直接会話をしていないにも関わらず先輩のクラスがやる劇を見に行きたいと言い出したのは先輩が友人だからだと考えることが出来る。律儀というかなんというか。この行為には微笑ましさしか感じられないだろう。
「じゃあ時間が出来たら見に行くか」
「はい! 出来るだけ予定は空けておきましょう」
全くツンデレはどっちだよと心の中で呟けば、四葉は何やら不思議そうな顔を俺に向けてくる。
「……凛君? 出し物の準備に行かないんですか?」
「ああ、今行く」
とにかく今はコンテストの準備を進めよう。俺は四葉に急かされるまま出し物の準備のため体育館へと向かった。
◆◆◆
「……準備はこれくらいで大丈夫です。皆さん朝からお疲れ様でした。これからすぐにここで開会式があるのでそのまま待機、その後はコンテスト本番一時間前まで自由時間にして下さい!」
体育館中に響く声でそう宣言したのは文化祭実行委員の柏木、彼女の声で先程まで緊張感に包まれていた全体の空気が一気に緩んだものとなる。それに加えて他の学年、クラスの生徒達が続々と体育館に入ってきていた。
そんな中、俺は孝太に話しかけられる。
「ようやく準備が終わったな、凛」
「まぁ俺にはまだ本番が残ってるんだけどな」
「そういえばお前ミスターコンにエントリーしてるんだっけか。まぁ頑張ってくれよ、応援してるぜ!」
「応援っていっても他の候補者はかなり手強いんだよな」
「確かに他の候補者イケメン揃いだもんな。でもな、これだけは言っておく。例え酷い結果だったとしても自分を強く持て、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンを目指せってな」
他の候補者に負けること前提で話が進んでいるのは少しだけ癪だが、孝太の言葉には一理ある。
彼が言いたいのはナンバーワンになろうとするのではなく、あくまで自分らしくやれということなのだろう。全く孝太のくせに良いことを言いやがる。
「アドバイス通りやってみる」
「おうよ」
孝太がそう答えたタイミングで体育館を照らしていたライトが全て消え、ステージ中央に設置されたスポットライトが一つだけ灯る。
ざわざわとした体育館の喧騒はいつの間にか止み、一人の男子生徒がステージに上がっていく。その生徒はステージ中央まで行くとマイクを口に近づけ、たった一言だけ宣言した。
「これから文化祭を始めるぞぉお!!」
その声に静かだった体育館は再び騒がしさに支配された。
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