29.先輩の秘密②

 放課後、俺は二年生の教室が並ぶ三階の廊下を歩いていた。目的は桜花櫻子という俺の一学年上の先輩に会うこと。昨日孝太に連絡してもらって会う約束を取り付けてもらっていた。


「確か孝太に言われたのは二年生フロアの一番奥にある空き教室だったよな」


 それにしてもどうしてこんな人気ひとけのないところを指定したのだろうか。俺はただ桜花先輩と会って話がしたいと孝太に伝えてもらっただけ……。そうか、もしかしたら彼女は俺が告白をしようとしていると勘違いしているのかもしれない。聞いた話によると彼女も月城先輩と同じように月に数回は誰かから告白を受けているらしいので、孝太に伝えてもらった俺の言葉は告白をするために呼び出したと受け取られてしまっても仕方ないのだろう。一先ず会ったら誤解を解くことから始めよう。


「ここか」


 ようやく三階廊下の奥までたどり着くと、そこには教室名を示したプレートなどが何も掲げられていない教室があった。恐らくこれが桜花先輩が指定した教室なのだろう。


「失礼しまーす」


 来たことを知らせるため部屋中に響く声を出しながら教室の中へと入る。既にいるなら何かしらの反応が返ってくるはずだ。


「……すみません。誰かいませんか?」


 だが何度呼び掛けても反応が返ってくることはない。もしかしてまだ来ていないのかと思い教室を出ようとしたその時、背後から凄まじい人の気配と大きな足音が聞こえた。ドタドタという足音で咄嗟に後ろを向くも既に遅く、突進してきた何者かにそのまま押し倒されてしまう。

 背中に走る強い衝撃に一度咳き込んでから突進してきた相手の姿を確認すると……。


「もしかしてお前は私を呼び出したやつか? このロリコンめ!」

「はい?」


 そこには茶色の髪を肩まで伸ばした明らかに小学生としか思えない身長の少女が俺のお腹の上で馬乗りになっていた。というか小学生が何でこんな所にいるんだ?

 俺がそんなことを思っていたのに気づいたのか、俺を見た少女は顔を真っ赤にして、それから怒りの表情を浮かべる。


「お前今私のことを小学生みたいだって思っただろ! 私は人からそう思われるのが大嫌いなんだ!」

「でもさっき自分でロリコンって……」

「自分で言うのと人から言われるのは違うんだ! 私はお前の先輩だぞ!」


 そう言って少女は俺のお腹の上で手をバタバタして怒っているようだが、その姿が俺には欲しいものを買ってもらえなくて駄々をこねている小さい子のようにしか見えなかった。そして気になることが一つ。


「あの、今もしかして先輩って言いました?」

「そうだ、私が桜花櫻子だ。何か文句があるのか!」


 どうやらこの小学生、もといこの少女が例の桜花先輩らしい。月城先輩の幼なじみだというのでてっきり彼女のようなお姉さんチックな人かと思ったのだが、まさかその真逆だとはなんとも予想外だった。一先ずいつまでもこの体勢では話しづらいので桜花先輩に馬乗りを止めてもらうよう頼んでみる。


「あの、そろそろ上から退いてもらえませんか? 桜花先輩」

「桜花先輩!?」


 お腹の上から退いてもらおうと声を掛けただけだが、桜花先輩は何やら真剣な顔で俺を見つめてきた。それになんだか急に目つきが変わった気がする。気まずくなって彼女から顔の向きごと目を逸らすも数秒、すぐに顔の向きを彼女の方へと固定されてしまう。


「その、桜花先輩ってもう一回だけ言ってくれないか?」


 何故かもう一度だけ名前を呼んでくれと頼んでくる桜花先輩に俺は希望通りもう一度彼女の名前を呼ぶ。


「……桜花先輩」


 名前を呼んだそのとき、俺のお腹の上にいる桜花先輩は大きく胸を張った。


「そうだ、私はお前の先輩だ」


 何故かドヤ顔でそう言う桜花先輩は続けて言葉を発する。


「だから決してちんちくりんとか成長期に忘れられたとかそういうことはない! 私は人よりも成長が遅いだけなんだ! 大器晩成型なんだ!」


 最後に桜花先輩は『つまりそういうことだ。分かったか!』と大声で叫ぶ。彼女のことはよく分からないが彼女が今の身長を気にしているということだけはとてもよく分かった。

 違う、こういうことが知りたいのではない。そろそろ本当に本題に入りたいと彼女の目を見る。


「あの本当にそろそろ良いですか?」

「退いて欲しいのか?」

「それもですけど今日は少し聞きたいことがありまして」

「先輩の私に聞きたいことか? そうかそうか、分かった。分からないことは何でもこの桜花先輩に聞いていいぞ!」


 先にお腹の上から退いて欲しかったのだがこの際聞ければ何でもいい。俺は当初の目的である月城先輩の噂について質問した。


「あの月城先輩の噂で昔は変人じゃなかったって聞いたんですが……」

「なんだ? もしかしてずっと冬華のことが知りたかったのか?」

「そうですかね」

「そうか、お前最近あいつと一緒にいる後輩君だろ」


 俺のことを知っているということは月城先輩から聞いたのだろうか。気になって聞いてみるも……。


「月城先輩に聞いたんですか?」

「いや、いつも教室で独り言を呟きながら携帯を弄ってたからな。多分クラスメイト全員が知ってるんじゃないか?」


 返ってきたのは予想外の答えだった。これを聞く限り月城先輩はどうやら声に出さないと文字が打てないタイプらしい。ということはあれか、今まで送られてきたメッセージは全て音読していたということなのだろうか。いや、もう考えるのはよそう。


「そもそも私は普段あまり冬華と話さないからな。私はあいつの幼なじみだけど仲が良かったのは昔の話だ。それであいつが昔は変人じゃなかったっていう話だろ? 結論から言ったら確かに昔は普通だったよ」


 桜花先輩は月城先輩が昔は普通だったとはっきり言った。ということは彼女が普通でなくなった、つまり男性恐怖症になったのにはそれなりの理由が存在するのだろう。では誰にも話せないほどの理由とは一体何があったのか。


「それってどのくらいの前のことか分かりますか?」


 俺の質問に桜花先輩は少し考える素振りを見せる。


「そうだな、あれは確か小学校五年生のとき……そうか、もしかしたらあれが原因かもな」

「あれってなんですか?」


 俺が咄嗟に聞き返すと桜花先輩は少し暗い表情を浮かべながら俺の問いに答えた。


「もう六年経つから良いよな……。冬華が変人だって言われるようになったのは今考えればあいつの父親が事故に遭ってからだったよ」


 桜花先輩の言葉を聞いても不思議と驚きは感じなかった。というより彼女の言葉で気づいてしまったと言った方がいいのだろうか。


 月城先輩の男性恐怖症がであるということに。

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