16.彼女の異変

 朝、家を出ると家の前には月城先輩がいた。何故彼女は俺の家を知っているのか、そんな疑問が頭の中に浮かぶがこれについては考えても仕方のないこととすぐに考えるのを止める。まぁそれよりかは情報流出経路に心当たりがあったのであまり気にならなかったといった方が正しかった。事実として月城先輩は俺の家を知っていた。俺にとってはただそれだけのことだった。


「結構早いのね。私はもう少し時間がかかると思っていたわ」

「いつもこの時間ですよ。四葉に聞いたんですか?」

「そうよ、今日は学校まで宜しくお願いするわね」


 これも体質改善の一環だろうと納得するが、ここで一つあることが気になった。


「そういえば四葉はいないんですか?」

「彼女なら先に学校へ行ったわよ。少し心の準備があるとか言ってたわね」

「……心の準備ですか」

「そうよ、心の準備」


 心の準備とは何だと思ったものの、先に行ったというのならこれ以上待つ必要はない。俺は家の敷地から月城先輩がいる道路へと一歩踏み出す。それに合わせて月城先輩も俺から離れるように数歩下がった。少々話しづらいがそうでもしなければまともに話せないので仕方ない。


「あの先輩、一つ聞いていいですか?」

「なにかしら?」

「この前どうして四葉はあんなことを言ったんですか?」

「本人じゃなくて私に聞くのね」

「今いないですし、先輩は何か知ってますよね?」

「それはまぁ、そうね」


 この前の四葉の手のひら返しが気になったので聞いたのだが、月城先輩の反応はあまり良いものではなかった。まるで話すことを渋っているような、そんな印象である。


「ところで後輩君はよく鈍感だと言われないかしら?」

「生憎そう言われるほど多くの友人は持ち合わせていないです」

「そう、それなら分からなくても仕方ないのかもしれないわね」

「仕方ないですか」

「ええ、仕方ないわね。ちなみに祝さんのことだけど私からは答えられないわ。でも一つだけ言うなら後輩君は祝さんにとても気に入られているわよ」


 四葉に気に入られてる、孝太に続いて月城先輩にも言われればそれはもう事実と言っても過言ではなかった。確かにそのことを踏まえると今まで彼女の機嫌が悪かったのは俺と月城先輩が一緒にいたからだと容易に説明が付く。四葉が急に手のひらを返したのは何かがきっかけで月城先輩のことが気にならなくなったから。そのきっかけについて詳しくは分からないが多分四葉が月城先輩の目的を知ったことなどが関係しているのだろう。そもそも四葉は自分のように体質で困っている人を放っておくことが出来るようなタイプとは思えない。彼女が冷静になって考えた結果そういう答えに至るのは今思えば何らおかしいことでもなかった。本当ならここで月城先輩に確認して答え合わせでもしたいところだが、先程の感じからしてこれ以上は聞いても何も答えてくれなさそうである。


「……ところでこれって一緒に登校する意味あるんですか? 先輩すごい後ろにいますけど」


 それからはあまりにも無言だったため、ちゃんと後ろにいるのか確認のつもりで質問すると後ろから若干反応に困るような返事が聞こえてくる。


「まぁ意味があると言えばあるし、無いと言えば無いわ」

「結局どっちなんですか、それ」

「無いわね」


 まぁそうだと思った。元々月城先輩はかなり距離を空ければ普通に話せるのだ。これはいわば体質改善の訓練、間の距離を詰めなければまったく意味はない。


「じゃあもう少し距離詰めますか?」

「ええ、良いわよ。さぁかかってきなさい」


 距離を詰めるため、一度立ち止まって振り返ると彼女も一緒になって立ち止まっていた。俺から来いということなのだろう。


「じゃあ行きますよ」

「覚悟は出来ているわ」


 しかし月城先輩の覚悟とは裏腹に俺が一歩前に足を踏み出す度に彼女は一歩後ろに下がる。俺の一歩に対して彼女は一歩どころか時々数歩下がっているため始めから余計に離れていた。


「あの、先輩が離れたら意味無いですけど」

「離れてるつもりはこれっぽっちもないのだけれど体が勝手に動いてしまうのよ」


 近づこうとする度にお互いの距離が開いていくこの状況に堪らず月城先輩に文句を言うが、彼女は困ったような表情を浮かべる。自分ではどうしようもないのだろう。


「分かりました、今日はこれくらいにしておきましょうか」

「私もその方が良いと思うわ」


 先行きが不安な部分もあるがこればっかりは仕方ない。そう割りきって学校へと向かうことにした。



 そうして学校までたどり着き、月城先輩と別れた後教室へ向かうとそこには既に四葉がいた。しかし彼女はいつも通りというわけではなく、学校指定のジャージを着ていた。登校中に何かあったのだろう。


「おはよう、四葉。今日は何かあったのか?」

「おはようございます。はい、今日は久しぶりに自転車を使って登校したのですが途中でパンクして、その反動で近くの茂みにダイブしました」


 四葉の口から淡々と告げられる登校中の悲劇にどう反応していいのか分からず、一先ず彼女の怪我の心配をする。


「怪我はしてないか?」

「ちょっと擦りむいたくらいなので別に……いえ、やっぱり痛むので今日一日手を貸して下さい」

「あ、ああ」

「はい、お願いします」


 四葉の様子はどこかいつもと違った。具体的にどこだとは言えないが、全体的に纏っている雰囲気がいつもと違うような、そんな感じがした。


「ところで登校はどうでしたか?」

「登校か、それなら月城先輩と一緒にしてきたよ。まぁ一緒に登校と言えるのかは怪しいけどな」

「そうですか、先行きが不安ですね」


 やはりおかしい。いつもの四葉ならここで嫌な顔をするはずなのだが月城先輩の話を始めてからも彼女はずっと笑顔だった。先輩に協力することにしたとはいえ、一日や二日で急激に態度が変わるはずがないのだ。いや、もしかしたらそういう人がいるのかもしれないが彼女がそうだとは思えなかった。


「もしかして今日体調とか悪かったりするか?」

「いきなりそんなこと聞いてどうしたんですか? 元気ですよ?」


 もしかしてと思い聞いてみるも体調は良好、そうなるとあとは何があるだろうか。そんなことを考えていると四葉は突然俺の額に自分の額を合わせてくる。


「ほら、熱もありません」


 そう言ってから離れる四葉の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。どうやら彼女は本当にどうにかしてしまったらしい。

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