15.彼女と先輩の話し合い
ある日の放課後、どこかお馴染みになりつつある学校の体育館裏ではなんとも言えない微妙な空気が流れていた。
「それで何から話しますか?」
「そんなに怖い顔をしていたら話せるものも話せないわね」
一応月城先輩と四葉の二人を話し合うのにピッタリな人気がない場所には連れてきたものの、今更ながら不安を感じていた。そう思うのも当然、先程まで通常モードだった四葉の機嫌が月城先輩を見るなり、悪くなっていたのだ。
「その、先輩はどうして男性恐怖症を治したいんですか?」
四葉が発する不機嫌オーラが漂う空気に耐えきれず、俺が月城先輩に質問すれば彼女は『そうね』と一言呟いてから言葉を続ける。
「そういえば理由を話してなかったわね」
「そうです。どうしてそんなに……」
四葉が月城先輩の言葉に被せて質問をぶつけようとするが、彼女は途中で不自然に言葉を切った。
「祝さんなら分かるんじゃないかしら? こういう変な体質だと何かと不便だものね」
苦笑いする月城先輩の言葉で何か思うところがあったらしい四葉はそれ以上は何も言わずに黙って俺の後ろへと下がる。きっとそういう特異体質の人にしか分からない何かがあるのだろう。
「でも治したい理由はそれだけじゃないの、寧ろこっちの方が理由として強いわね」
月城先輩はそれから視線を宙に向け、ポツリと呟く。
「私はある人に会いたいのよ」
そう言った月城先輩は以前図書室で見た真剣な表情と同じ表情をしていた。体質が絡むというとその人は男の人なのだろうか。本当ならここで会いたい相手は誰なのか、どうして会いたいのかも色々聞きたいが彼女が話さないということはつまり話したくないということ、無理に聞き出したりはしない。その代わりに前から気になっていたことを彼女に質問した。
「……でもどうして俺なんですか? 手伝ってくれそうな人なら他にもいそうですけど」
「それはもちろん後輩君が一番チョロそうだったからよ」
「……許せません! 凛君、もう帰りましょう。ここで話すことなんてもうないです」
月城先輩の返答に俺の後ろで大人しく話を聞いていた四葉が聞き捨てならないといった様子で前に出てくる。どうして自分のことでもないのにそんなに怒っているのかは分からないが、俺としてはあまり悪い気はしなかった。
「少し言い方が悪かったわね。後輩君が一番話し易そうだったからよ。呼び出す動機もあって、隣にはいつも祝さんがいる。これ以上話しかけるのに好条件なことはそうないわ」
確かに男性恐怖症である彼女が一人で男に話しかけることなど出来るとは到底思えない。その点、俺は常に四葉が近くにいるので他と比べて話しかけ易かったのだろう。それに偶々とはいえ彼女は俺と四葉の秘密というほどでもないが、体質改善うんぬんの話を聞いていた。そのことを考えればターゲットを俺に絞るのも特段おかしい話ではなかった。
「でも凛君は嫌がってます。そうですよね?」
四葉は必死で俺に同意を求めてくるが、答えたのは月城先輩だった。
「実はそこも後輩君を選んだ理由に絡んでくるの。実はそんなに嫌がってないわよね?」
「それは……」
言われてみればそうだ。毎回考えていたのは四葉と月城先輩の関係が悪化しないかだけで嫌かどうかは全く頭になかった。断ろうとした理由を強いて挙げるなら四葉が嫌な顔をするからという理由、ただそれだけ。月城先輩はそこを見抜いていたのだろう。
「……凛君のこの反応、本当にそうなんですね」
「流石に私も嫌がっている人に無理強いはしたくないもの」
四葉は誰から見ても分かるほど落ち込んでいた。かける言葉が見つからず、どうすることも出来ない状況で俺は再び月城先輩を見る。
「すみません、やっぱり俺は先輩に協力出来ません」
「それは祝さんを選ぶということなのかしら?」
「端的に言えばそうです」
「そう、ならもう仕方ないわね。後輩君のことは諦めるわ……」
そう言ってどこか寂しげにこの場を去っていく月城先輩を見ていると突然隣から声が聞こえてくる。
「待って下さい!」
その声を辿るとそこには四葉がいた。彼女は先程まで俯いていたのだが、今はしっかりと月城先輩を見据えていた。
「何かしら? 祝さん」
まさかの展開に少々驚いた表情でそう四葉に問いかける月城先輩。俺もこの展開は予想していなかったので黙って二人を見守っていると始めに四葉が言葉を発した。
「私、先輩に協力します」
どういう心境の変化なのか俺には見当も付かないが、彼女は確かにそう言っていた。一方の月城先輩は驚いた表情から一転して平然とした表情で言葉を返す。
「別に無理に協力してもらわなくても私は気にしてないわよ」
「いえ、今は素直に先輩に協力したいんです。それにもう分かりました」
「そう、なら協力をお願いしてもいいかしら?」
トントン拍子で話が進んでいることに行けず、四葉と月城先輩の顔を交互に見ていると、月城先輩が突然こちらに顔を向けて、それに加えて数歩下がって言葉を発する。
「それで後輩君はどうなのかしら? 祝さんは協力してくれる気になったみたいだけど」
まるで初めからこうなることが分かっていたと言わんばかりに聞いてくる月城先輩になんとも言えない気分になりながらも俺は言葉を返す。
「そういうことなら俺も協力します」
「そう良かったわ。もしこれで承諾してくれなかったらどうしようかと思っていたもの」
そう言った月城先輩の表情は安心したような、嬉しそうな、そんな表情をしていた。
「来週から宜しくお願いするわね、後輩君。祝さん」
月城先輩は一言だけ言い残すと足早にこの場を去っていく。
変人、以前孝太から聞いた二年生間での彼女の噂であるが、今の彼女を見ていると確かにそれはあながち間違っていないように思えた。
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